欧州型森林管理フォーラム

6月23日:欧州型森林管理フォーラム


 18・19・22日に行われた研修会の内容に基づき、森林管理に関心をお持ちの皆さまに広くご参加いただいたうえで、奈良県の今後の森林施業はどのような方向へと進むべきなのか、その可能性についての議論が交わされました。



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rolf
 
スイスフォレスター
 ロルフ・シュトリッカー 氏


yama
 
スイス近自然学研究所 代表
 山脇 正俊 氏



yoshi
 黒滝村森林組合
 吉村 雄一 氏


sato
 
株式会社総合農林 代表取締役社長
 佐藤 浩行 氏
 




 



sato



 現状、日本の林業はうまくいっていません。それは生産性のせいでしょうか。あるいは、林業機械か、安定供給か、またはエネルギー政策のせいなのかもしれません。これらはきっと、パーツとしては全て必要な要素なのでしょう。しかし、私が2010年からずっとスイスに通い続け、色々な人に会って考えを深めていくなかで、もっと重要な何かがあるのではないか、そう感じるようにもなってきました。今日はその「何か」について、皆さんにも感じて頂ければと思っています。 

 スイスでフォレスターとして働くロルフの行っている森づくりの原則は、「自然を観察して、自然の真似を自分たちがまかなえる範囲でする」というもの。
 具体的な手段はたくさんありますが、彼がいつも考えていることは、とにかく観察。観察!観察!今、目に映るそれで本当に全てなのか?もっと何かあるのではないか?ということを常に言っています。なぜかと言えば、自然に近いほどこちらが支払うコストが低くて済むから。常にこのような考えを持って自然と向き合っています。

 もうひとつ、スイスの林業関係者に関して印象的だったのが、19歳のプロセッサオペレータと話をしたとき、突然「林業は林業の為だけにあるのではない!」と言い出したことです。同じくお話しさせていただいた林政部長は、小さい頃から森が好きだったのでこの職についたと仰っていました。フォレスター学校に通っている28歳の学生は、「2世代先に豊かな森を伝えるのが私の責務である。」とまで言っていました。
 私がスイスの人たちと話していてなにより驚いたのがこの点です。もちろん機械や技術や工程管理などについても凄いと感じましたが、なにより何故この仕事をしているのか、どのような信念を持ってやっているのか、ということを尋ねたときに、19歳の若い子から60歳過ぎのベテランの方まで、皆決まって「持続性」をキーワードに自らの答えを返してくれたことです。偶然そのように考える人が集まってきたわけではなく、体系だった緻密な人材育成システムが基礎として確立されていて、そのうえで自然が好きな人が適した職業に集まっている、という事をひしひしと感じました。ロルフの話を聴くうえで、こういった点も参考にしていただければと思います。




yoshi



 
今回、僕が凄いなと思ったのは、フォレスターのロルフ氏の話が実に広範囲に渡っていたことです。森林の手入れだけでなく、獣害への対策や、流通から売買、一般の人へのPRなど、あらゆることに関わっておられて、またこちらのどんな疑問に対しても答えていただけて、その知識や経験の広さ、深さにも本当に驚きました。
 「山に関わる」ということに対して色々な面からアプローチを行っていて、彼が森林のプロであることを強く感じました。なかなか日本にこういった人はいないのではないでしょうか。森林の手入れなどを指導していただきましたが、その教え方ひとつとっても、何故こうしなければならないのか、一つ一つの作業について理論がしっかりしていて、さらにそれを分かり易く系統立てて教えてくださいました。そうした指導・教育のノウハウは普段からトレーニングしていないと身につかないのではないかと思います。

 僕も含め、日本の現場の人間はつい「見て覚えろ」形式をとってしまいがちですし、いざ理由を聞かれても曖昧にしか答えられないことが多く、そもそも何故その作業をするのかという理由を論理的に考えたこと自体ほとんどありませんでした。そこにまず大きな違いがあるように感じます。
 森の観察法や「将来木施業」として良い木を選び育てる手法はスイスも日本も同じであると感じました。木を下から見て根張りから樹冠の広がりに至るまでをチェックし、森の中のどの木を選ぶか、そういった考え方はほとんど同じだな、と。もちろん若干違うなと感じるところもありましたが。最終的に良い森を作りたいという思いは同じなのかなと思いました。




sato



 「将来木施業」の話が出ましたね。
 吉野林業地の大径材施業をしてきた人も中にはいらっしゃるかと思いますが、そういった方々からは考え方が同じだという意見をよく伺います。もちろん違うこともあるとは思いますが。
 そもそも間伐にも2種類、「ポジティブな間伐」と「ネガティブな間伐」という考え方があります。「ポジティブな間伐」というのは、まず良い木を選び、それに対して何をしたいか・すべきかという視点をベースに間伐を行う考え方。対する「ネガティブな間伐」というは、劣勢木など森にとってマイナスになるものを抜いていくという考え方。これらはどちらが優れている、正解であるという話ではなく、どういった森を作りたいかによって間伐も根本の考え方を変えるべきだということです。そして、吉野林業地で実践されている大径材を育てる手法もまた、スイスの将来木施業と同じく「ポジティブな間伐」にあたる。そういった面から見ても、考え方に共通点が多いのは納得いただけるかと思います。

 それではロルフへ、2回目の奈良県ということで、吉村さんと同じ質問を行いたいと思います。今回のワークショップと通じて、日本とスイスの異なるところや共通するところについて、何か気づいたり感じとれたりしましたか?




rolf



 一番の大きな違いは、やはり言葉でしょうね(笑)

 まずは共通点から話しましょう。

①ひとつに地形。自分の担当地区と奈良、特に前回行った十津川村は非常に似ています。
②次に所有形態。共に私有林がほとんどで、一人当たり2ha程度の小規模な所有者が多く、さらに細かく分かれている。これも自分の地区と同じです。
③林道も、一部は非常に整理されていますが、自分の担当地区はまだまだというところも多いです。
④所有者の意識も似通っているように感じます。全ての所有者が林業に興味を持っているわけではありません。まったく無関心という人も沢山います。
⑤日本には台風がありますが、スイスにはハリケーンがあります。そう毎年のように大型のハリケーンが来るわけではありませんが、10年に1度位は本当に大きなハリケーンが来て大量の風倒木を残していきます。
⑥都市の人たちが森に目を向けず、森と都市が分断してしまっているところはお互い似ているのではないでしょうか。

 共通点として感じたのはこんなところです。

 もちろん違いもあります。

①第一に国民性。スイスはヨーロッパ個人主義が徹底しています。日本人はどちらかといえば団体行動、皆で一緒にというのが一般的ですよね。
②地理的な条件の中にも異なる点はあります。スイスには火山がありませんので、火山性の土壌というものがありません。海にも面していませんし、地震にも縁遠い国です。
③気候も異なります。日本の方が夏は高温多湿ですね。
④スイスでは林業というのは200年位の歴史がありますが、この200年の間にスイスの林業は大きく変わりました。特に「教育」の面の変貌は著しく、基本的なところをしっかりと教育するシステムが作られました。フォレスターとして必要な非常に広い視野を、若い人たちに十分に学んで貰うことを目指しています。
⑤森林所有者の自己責任が徹底している点も挙げられるでしょう。スイスは連邦制ですので、「州」がすなわち国家にあたります。州は何か特別なことがあったときに、例えばロープから落下している人を下から網で支えるような、セーフティネットとしての最後の共済措置のような役割しか担っていません。
⑥補助金の使われ方。日本の場合は手段(何をするか)に対して補助金が出るのに対して、スイスの場合は目的(どうしたいか)に対して補助金が出ます。何を実現したいかという目標に対して補助金が出て、それに対して何をするかは個人の裁量に任されることが多いのです。

 相違点として今挙げられるのはこれくらいでしょうか。



sato



 では吉村さん、これからの奈良県の森林管理、林業というものをどういう風にしていきたいか、またそのためには何が必要だと感じますか?



yoshi



 スギ、ヒノキだけではない森づくりをやっていけたら良いなと思っています。紅葉や落葉、季節によって表情を変える木々が増えれば、景観の良さをきっかけに地域の人たちを森に招きやすくなるかもしれませんし。今まで通りスギ・ヒノキの単一林を続けていても、そのひとつの樹種に対してしか金が稼げませんので、今回の研修を通して、他の木があれば別の収入源が出来るのではないかな、と感じました。

 次に、後継者をどうするかということに関して。これは研修会でも意見が出ていました。若い人にとって林業は敷居が高く、入ってもすぐに辞めてしまいがちです。実際、新人が入ってきたときも、ろくに何も教えないまますぐに現場へ向かわせ、ベテランが1本伐採するのを見せて「さあ次はお前がやれ」となる状況が少なくありません。でも、そんな状況で何をすればいいのかなんて、新人には到底判りませんよね。
 僕は、まずは会社とは別に林業の基礎を教えてくれるところがあれば良いなといつも思っています。新人の研修は会社ごとにするものですが、仕事に追われて教える時間が取れないというのが実情です。会社で教えるものよりももっと基礎の部分をしっかり教えてくれるような、ある種の学校のような教育機関が必要だといつも感じています。
 ロルフ氏を見ていても、その知識や技術がとてもしっかりしていて、きちんと理論で裏付けして考えることがいかに大切かを今回肌で感じられました。森づくりに対してはもちろん、木材流通や売買など、様々な局面をつなぎ合わせる知識や理論体系を身に付けられる学校があれば良いなと思います。

 人材育成とは別な話になりますが、一般の方に向けての林業や木材業についてもっとPRしていかなければならないという話のなかで、スイスで国を挙げて行われたキャンペーンの話を聞いて驚きました。駅の広いホールを貸し切って林業機械を展示したり、コンテナの中に本物の森を作ったりして、今の日本じゃ到底真似できないなあ、と。
 日本で行われるイベントはどれも単発で小さなものが多いですが、もっと大きく持続的に、一般の人にアピールできる場所で、例えば人通りの多い町中で、林業や木材に関わる人たちが一緒になって作っていくような、そんな大々的なイベントを国がバックアップしてやっていくような仕組みがあれば良いなと感じました。




sato



 ロルフはどう思いますか?奈良県の森のこれからについて、アドバイスなどあれば。



rolf



 まず、スイスの教育と経済の関係について少し触れましょう。
 かつて林業事業体は、自らが若い人たちを教え指導することが当たり前と考え、またそれを誇りに感じてもいました。当然、それは事業体にとっては色々な意味で負担になりますが、経済的にうまくいっているときはそれでも良かったのです。しかし、その時期を外れて厳しさが我が身に近づいてくると、その負担は次第に重くのしかかるようになります。若い人たちの教育に心血を注ぐことが難しい状況にさらされる事業体が増え、ついには教育から身を引く傾向さえ見られるようになったのです。
 そういった傾向は、やがて林業に限らないあらゆる職業で噴出し始めました。危機感を抱いた連邦政府は、対策として新しい法律を制定しました。それは、すべての関係事業体が毎年決まった額を出資して基金を作り、その基金から若者の職業訓練に必要な費用を捻出するシステムを構築する、というものです。
 このシステムにより、事業体は一定額を毎年出資するだけでよくなったため、「自分たちで教育する」負担ははるかに軽減しましたし、合同で出資した基金をもとにするため、若者たち皆にしっかりとした訓練や教育が施されるようになりました。

 将来の奈良の森が素晴らしいものであるためには、それにふさわしい人たちがそこにいないといけません。そのためには、携わる人々にしっかりとした「教育」が根付いているという状態が欠かせなくなってきます。「素晴らしい森」というのは、スギやヒノキの単一林ではなく、私は針広混交林のようなかたちを思い描いています。多くの樹種が混ざりあった森を管理する、そこで林業をやるとなると、必要な知識も必然的に増えますから、教育の多様さというものも当然必要になってくるでしょう。これは成功のための絶対条件と言っても過言ではありません。

 次のポイントは「消費」です。林業を持続的に成功させるためには、木の消費が活発であることも重要です。車を例に出しましょう。皆さんは普段、どのくらい車のコマーシャルを目にしていますか?テレビ、雑誌、ポスター、もうほぼ毎日のように、そこかしこで目にしているのではないでしょうか。林業を振り返ってみてください。1年に1度、何かしらの催しをするだけで満足してはいないでしょうか。これでは到底、しっかり宣伝したとは言えませんよね。あるいは、「助けてくれ」と声を上げることもあるかと思いますが、果たしてどれだけの宣伝効果があるでしょうか。
 我々は林業というビジネスをしているわけで、つまり木を売りたいわけです。しかし、買う人の要求やニーズをしっかり掴めているでしょうか。また、新しいニーズを開発するという努力をしているでしょうか。
 これからの社会で、どこに木を使う余地があるのかを思い描いてください。その場限りの単純なものではなく、たくさんの人に何度も使ってもらえる場所や機会が、まだまだ眠っている筈です。それを掘り起こして欲しい。さらに、林業関係者だけでまとまらないで、大工さんや建築屋さん、デザイナーなど、色々な人と一緒になって新しい市場を開拓してください。
 皆さんが森の中で素晴らしい森づくりをすることはもちろん大切なのですが、残念ながらそれだけでは林業は活性化しません。木材がしっかりと売れる場所、マーケットが確立しないと片手落ちなのです。

 3つめは、やはり「観察」です。皆さん、ご自身の携わる森をもっともっと知ってください。自然の移ろいを今よりもう少し深く観察してください。そしてその自然から学んで下さい。自然を知れば知るほど、皆さんがやるべき事とやらなくてもよい事が判ってきます。もし自然が自分の求める方向に自分で変化していくならば、皆さんはそこにわざわざ労働力を投入しなくてもよいのです。

 先ず「教育」、次に「市場の開発」、そして「自然の観察」とそれを活かしたコストカット。以上三点をアドバイスします。




sato



 奈良の森について、過去を振り返り現状を把握して、さあ将来をどうしようか、どうしていくべきか、ということを色々話してきましたが、今日の参加者の皆さまの中には、行政の関係者や組合でも事務方の関係者の方などが多くいらっしゃるようにお見受けしました。
 ご存知かと思いますが、ロルフは肩書としては公務員になります。もちろん、スイスと日本では公務員に関わる制度もずいぶん異なるため、単純に比較は出来ませんが、その立場上、林業経営にどっぷり浸かった仕事が多い一方で、パブリックな性格、つまり自分の担当する森の将来に対して公共的な責任も担っているのです。

 その立場から、時には納税者が収めた税金を使って色々な事業をしたりします。そのような中から、ご自身のパブリックな立場としてのフォレスターとして、どのように仕事をしていきたいと考えているのかを解説して頂きたいと思います。




rolf



 確かにフォレスターには色々な仕事や役割があり、経済的な事だけではなく、公共的な役割も担っています。ですから、この仕事のある部分は公共のお金によって賄われているという事ですね。例えば林業や木材の広報活動などはその典型で、州によってしっかり規定されたフォレスターの役割であり、責務です。

 州が行う最も大きな仕事といえば、「安全性」の確保です。住民は土砂崩れから命を守られなければなりませんし、山岳地帯では雪崩もある。洪水にも備えが必要です。更には、道路や鉄道、高圧線などもまた守られなければなりません。その為にフォレスターは正しい仕事をしなければならないと、そう規定で決められています。
 次に州が興味をもつとすれば、森の「持続性」でしょう。ですが、私はそれこそが最も重要なことだと考えています。持続性の中にも先ほどの安全性は含まれるからです。
 そして、持続性の中には「エコロジー」も含まれます。生物多様性を持続させ、土壌が長く活性化して活力に満ち続けるよう、そのために必要な仕事を行います。もちろん、上質な材を途切れることなく安定して供給する責任もあります。一時的ではなく恒久的に。これも「持続性」の大切な一面です。

 「持続性」の根底には、未来の人たちが今と同様に、あるいは今以上に大きな可能性を得られるようにしなければならない、言い換えれば、未来の人たちが得るべき可能性を現在の我々が奪ってはならない、壊してはならないという考え方があります。
 私たちには200年後の人々のニーズなど到底解り得ません。私たちが負うべき責任は、200年後のニーズを想像して何かやることではなく、200年後の人たちが自分たちのニーズを自分たちの手で実現できるように、あらゆる可能性をそのまま次世代に引き継ぐことです。それこそが「持続性」の真価といえます。
 今、全く価値が無いと思われているキノコやバクテリアが、もしかしたら200年後に恐ろしい病気を治す材料に化けるかもしれません。今の知識や価値観で要不要を判断しきらずに、今ある森やそれ以上に多様化した森を、そのまま次世代へ受け渡す責任が自分にはあるのです。州が目指す持続性、森に関する持続性に関する考え方も同様で、これに対してフォレスターは共に協力関係を築くことが義務化されています。



sato



 今ロルフが言ったような林業の方向性を目指すため、あるいは義務を全うするため、どのように考えて自分たちは行動していけばいいのだろうかという事を、山脇さんは日々スイスで研究・追究されています。
 スイスの様々な社会システムを観察したうえで、どのようなやり方、考え方があるのかということを解説して頂こうと思います。
 私たちがどのように次の一歩を踏み出せばいいのかの、大切なヒントになるかと思います。




yama



 時代が今、大きく変わっています。
 そもそも「時代が変わる」とはどういう意味だと思いますか?もちろん、単に時間が経過しているというだけではありません。何か特別なことが起こっていて、それを指して「時代が変わる」と言っているのです。
 では何が起こっているのか。それは、私たちの「価値観」の大きな変化です。価値観とはすなわち、「生きていくうえで何が大切か」ということ。これが今、大きく変わっています。

 なぜこのようなことを言っているのかというと、皆さんが今後の林業・林政に関わるうえで、この時代が変わる・価値観が変わるという事をしっかり把握していないと、とんでもない間違いや的外れなことをやってしまいかねないからです。

 では、どういう風に価値観が変わっているのでしょうか。色々ありますが、3つに集約すればこういうことになります。
すなわち、「量から質へ」、「集中から分散へ」、「所有から利用へ」です。

「量から質へ」
 単純に言えば、昔は重厚長大が尊ばれました。大きいことは良い事だ、という具合に。ですがこれからは質が伴わないとダメ。皆さんは携帯電話をお持ちだと思いますが、俺の電話はこんなに大きくて重いんだぞ!と威張る人はいませんよね。いわば軽薄短小の尊重ですが、それも単に軽ければよいのではなく、中身がシッカリしていることが大前提となります。つまり大きさでは図れない「質」を重要視するようになったのです。
 食事にも当てはまりますね。昔はおなかがいっぱいになればそれで良しとされましたが、今や丼に山盛りの白飯を梅干しで食べれば満足だという人はそういないでしょうね。今は美味しくなければ受け入れられません。
 ではおいしいものが沢山あれば?それはもちろん、良いことですよね。つまり、量か質かの二択ではなく、また量が軽んじられるようになったわけでもなく、量は質の項目のひとつになったということです。人間自体も昔はそうでした。「恰幅が良い」という表現があるくらい、体の大きな人は即ち立派な人だと言われていました。それが今は「肥満」「メタボ」と揶揄される時代。単純な体の大きさではなく、その中身や人間性が重要視されるのです。

「集中から分散へ」
 かつてはひとりの人がどれだけの富や権力を握るかによって豊かさは計られました。社会のしくみとしても、富や権力が1箇所に集まっていると何事もやりやすかったのです。しかし今は、皆さん全員が程々の権力と程々の豊かさを持っている状態じゃないと満足できないということになっています。
 今、日本では「地方分権」「道州制」などが叫ばれていますね。これも、かつては「中央集権」で、東京に全てのお金と権力、優秀な人材を集中させていればよかった。そこから例えば奈良はこうしなさい、これがその分の補助金です、という具合に分配していたのでしょう。
 しかし、現状はどうですか?地方の実情を知らない東京が勝手なことを言うなと、皆さん内心思うようになっていませんか?なかなか声には出せないと思いますが。補助金のために言うことは聞くけど、実際のところは分かってないよね、と小さな声で漏らす。東京ももうそういった事態に感づいていて、だから地方のことは地方に任せた方がいいよね、と考え方を変え始めています。
 実はエネルギーもそうです。「集中」の典型的なものが石油や原子力で、対する「分散」の典型が太陽エネルギー。そして、森というのは実は太陽エネルギーの塊でもあります。皆さん誤解しがちですが、太陽エネルギーとは単に太陽から発せられる光と熱だけではありません。それに影響されて生まれる風も、波も、その一部なのです。そして、その中でも特に巨大なのがバイオマス、すなわち「森」に蓄えられたエネルギーです。ですから、森に係わる皆さんは必然的にエネルギーの新時代をも背負うことになります。それをしっかりと認識してください。

「所有から利用へ」
 所有は「ホールディング」、利用は「シェアリング」という言い方をすれば感覚として掴みやすいかもしれません。
 代表的なものが車です。今や車をわざわざ所有しなくても、利用さえできればいい、という時代になりました。車業界は事あるごとに「若者の車離れ」などと叫びますが、なにも若者が車を利用しなくなったわけではありません。「所有しなくてもいい」と思っているだけなのです。
 自転車も同様です。街中に自転車を置いていたら盗まれた、という話をよく聞きます。そういった行為自体を擁護するつもりでは決してありませんが、あれは自転車を「盗んでいる」というよりも「利用している」のです。そして、使い終われば何処かに捨てておく。つまり、自転車だってわざわざ所有しなくていい、使えさえすればいいという人が増えたわけですね。
 スイスでは実際にこれがシステム化したインフラのひとつになっています。利用者は駅などで自転車をレンタルして、使うだけ使ったら返す。「レンタル」と名は付きますが無料です。日本でもこれからこういうシステムが出てくるでしょうね。
 ワークシェアリングもそう。スイスではひとつの仕事の負担を100%自分で背負い込むスタイルはもう古くて、自分は80%やるから20%は他の人にやってもらおう、自分は60%にするから、といった具合に仕事量を調整しています。そうして時間にゆとりを持たせたいという人が増えているのです。
 その他に、「所有から利用へ」の例として最も典型的なものが「情報」です。かつてはどの家にも分厚い百科事典がありました。これがすなわち情報を「所有」しているということですが、今はみなさん知りたい情報があればインターネットなどでさっと調べますよね。しかし、ネットにアクセスするために使う携帯電話やパソコンの中に情報が入っているわけではありません。皆、どこかにある情報に接続して調べ物をしているわけです。これが情報を「利用」しているということで、情報を皆で分け合っている状態です。これこそが「シェアリング」なのです。

 「量から質へ」、「集中から分散へ」、「所有から利用へ」と、価値観の変化について3つを挙げましたが、この「量」「集中」「所有」というのは典型的な男性の考え方、男性社会の思考法です。つまり、これらを基礎として長く繁栄が続いた男性社会に、いよいよ限界が見えてきたということでもあるのです。

 もちろん、今後男性がいらなくなるというわけではありません。しかし、これからの価値観として挙げられた「質」「分散」「利用」というのは女性的な考え方で、つまりこれからの社会は女性に活躍してもらわなければならなくなります。女性が女性らしい考え方を持って活躍しないと、新しい時代はうまく切り盛りできないでしょう。

 価値観が変われば我々のライフスタイルが変わります。ライフスタイルが変われば、それに応じて必要なもの、ニーズが変わります。そして、ニーズが変わればそれを扱うマーケットが変わります。マーケットが変わるということは、つまり社会のシステムそのものが全て変わっていくということです。
 しかし、未だ世界的に見ても、システムに大きな変化はありません。役所も、大学も、旧態依然のままです。いくら皆さんが新しい価値観で頑張っても、ここで全部ダメになります。なので、これからやるべきはシステムを変えていくことです。

 社会のシステムを変えるということはすなわちパラダイムシフト、我々の考え方の根本を変えていくということです。今までの考え方のままでは、システムを変えていくことなどできません。そして、新しいパラダイム、考え方の根幹になるもののひとつが「近自然」なのです。

 「近自然」というのは、「自然」とはまた違うものです。ロルフの仕事に顕著に表れていますが、自然に学べといつも口を酸っぱくして言うものの、全く自然のままに放置しているわけではなく、ちゃんと人の手が関わっています。すなわち「近」というのは、「人間が関わる」という意味なのです。自然を利用し、自然に学びつつも、人間がちゃんと手を入れて共に生きていくということです。
 近自然を手短に説明すると、「我々の豊かさと環境を両立させること」になります。両立とは何かというと、我々が豊かになればなるほど環境が良くなる、どちらかに妥協を強いるのではなく、環境の事を考えて行動すれば我々はもっと豊かになる、そういう豊かさを実現するということです。そんな両立をどうすれば実現できるのかという話は、ここからさらに5時間ほどの講義になってしまうので今日は出来ませんが。
 
 次回、機会があればぜひともお話ししたいですね。




sato



 山脇さん、ありがとうございました。
 さて、吉村さんに伺います。実際に行政からのサービスなど色々提供されているかと思いますが、実際に現場で働いている身として、そういうものとの距離感、あるいはもっとこういうサポートがあれば良いのにな、というものがあればご紹介ください。




yoshi



 普段働いている中では、行政の方々と係わることは滅多にありません。
 ちょうど今、補助金を受ける施業を行っているのですが、例えば作業道の造成にも規格などが全て決まっていて、現場の人間から見ればそこまでしなくてもいいのではと思う点も多々あります。しかし、それを行政の方にどう伝えればいいのかは解りません。現状、仲間内で言い合っているだけです。自分たちの意見を吸い上げろというほど仰々しいものではありませんが、何かしら現場から行政へスムースに意見を伝えられる仕組みがあればいいと思います。
 また、他の林業事業体などともっと関わり合えるような、皆が集まれるような場を作って頂ければと思います。大抵は個人的な繋がりで終わってしまい、会社ぐるみのつながりというのは現状難しいので、今回の様な研修や講習を通して、もっと色々な事業体がお互いに技術交換を出来るようになればいいですね。




sato



 さて明日から何をしようかという時に、吉村さんがおっしゃったような、まず関係者同士での横の繋がりを作っていただくというのはよい考えですね。
 皆さんおひとりおひとりはとても仕事熱心ですし、森も山も自然も好きな方が多い中で、しかし皆が集まって思いをぶつけあう、秘めた考えを語り合うコミュニケーションの場が少ない。そのために色々な事が出来ずじまいになってしまっていたり、気づかれることもなく過ぎ去ってしまっていたりする。そういう何とも「もったいない」状況は私も強く感じました。
 これに限っていえば、やろうと思えばすぐにでも出来て、お金もそんなに掛からないでしょう。本当にやるかやらないかだと思います。そんな中で、行政が旗振り役を買って出てくださればとても心強いでしょうね。
 ぜひ、横の繋がりを皆さんで作り上げてください。普段から思いをぶつけ合える、本音で話し合える仲間というものがあれば、物事は必ず良い方向に向かうのではないかと思います。

 ロルフからも、最後に何かメッセージをお願いします。



rolf



 では最後に、皆さんに宿題を託したいと思います。
 研修会でも言いましたが、ここにいらっしゃる皆さん始め、あらゆる団体、あらゆる事業体にはそれぞれに強みと弱みがあります。会社、事業体、市、県、それぞれが自分の置かれている状況で発揮できる強みは何なのか、克服すべき弱みは何なのか、しっかりと考えて、リストアップしてください。

 自分の強みをしっかり生かせる未来を選びましょう。自分の強みというものは、実は弱みを理解してこそ強くなることがあります。自分の弱みというのに対し、我々は見たくない、むしろ隠したいと思う傾向があります。しかし、強みを更に強くするためには、自分の弱みをしっかりと理解・認識することがとても大切なのです。それによって私たちは今よりずっと強くなる。
 そして、強みを理解することによって弱みもまた理解でき、その痛みを減らすことができます。または仕事のやり方によっては、その弱みが弱みとして表に出ないようこなすことも可能なのです。

 強みや弱みを知るにあたり、過去はどうしていたのか、どういう経緯を通って現在の自分たちがあるのかを見つめることはとても重要です。過去、現在、そして未来はどうなっていくのか、このままいって我々はうまく生きていくことができるのか、じっくりと向かい合いましょう。

 強みを生かさず、弱みに向き合わず、平均的な事をやっているだけでは、ビジネスの世界では消えていくことになります。競い合う相手に勝てないからです。「皆と同じ」では生き残ることはできません。
 皆さんの作る森、作る材には、月並みなものより優れた点が必ずあるはずです。まずはそれを自分たちで認識することが第一です。次に、その優れた点、皆さんの強みを顧客にしっかりと訴える努力をしてください。



 「強み」は何か?「弱み」は何か?
 早速、今から探しはじめてください。





sato




 以上をもちましてフォーラムは閉会とさせていただきます。
 皆さま、本日はお越しいただきありがとうございました。