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ハクサイ、キャベツ、レタスの来歴

 いよいよ夏が近づいてきました。今度の夏休みに海外旅行を計画している方もいらっしゃることでしょう。行き先はいろいろありますが、植物に興味のある方は、野菜の伝来してきた道をたどってみるのも趣があるかもしれません。野菜がとおった道は、その種類ごとで異なり、地域の気候や文化などとも密接に関連しています。今回は、たくさんある野菜の中から、ハクサイ、キャベツ、レタスの来歴を紹介します。

 ハクサイのふるさとは、地中海沿岸だと考えられています。しかし、この地域では、ハクサイをほとんど栽培してきませんでした。ハクサイを野菜として栽培するようになったのは、中国の北部です。中国では、古くからハクサイの栽培が行われてきました。ただし、その名前が書物の中に登場するのは、十六世紀後半になってからです。その後、一八七五年(明治八年)になって、結球型のハクサイが初めて中国から日本へ伝わりました。

 キャベツは、ヨーロッパの大西洋沿岸から地中海沿岸にかけての地域の出身です。これらの地域では、有史以前から自生キャベツを利用しており、栽培もかなり古くから行われていたようです。古代ギリシアでは、紀元前四世紀にその記録がみられます。ただし、この時代のキャベツは不結球型のものでした。結球型のキャベツが出現したのは、一世紀のはじめごろだと考えられています。その後、ヨーロッパ各地へ普及し、結球型のキャベツが日本へ来たのは、十九世紀末の安政年間のことです。

 レタスは、地中海沿岸からアジア西部にかけての地域に自生していました。これらの地域でのレタス栽培の歴史はかなり古く、エジプトでは、紀元前四五00年ごろの墳墓の壁画に不結球型のレタスが描かれています。その後、中国へはペルシアなどから伝わったと考えられており、六世紀の中国の書物にレタスの記述がみられます。日本へは、不結球型のものが、奈良時代に中国から伝わりました。結球型(クリスプ・ヘッド型)の品種が日本に導入されたのは、第二次世界大戦以降になってからです。

 海外旅行では、食事も楽しみのうちの一つとなっています。機会があれば、今回の三種類の野菜を日本のものと食べ比べて下さい。ただし、食べ過ぎには、注意しましょう。
「結球型レタスの栽培風景」

2001年7月
奈良県農業技術センター高原農業振興センター  
営農技術チーム 主任研究員  西村憲三