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「田植機」と「畑植え機」

今、日本中の水田は、田植えがすんで、青々とした稲の苗が田の風にそよいでいます。奈良盆地はおそらく日本で一番田植えの遅い地域でしょうが、それでもまもなく、水田は緑の苗に覆われるでしょう。この風景こそ、日本人が心に描く「ふるさと」そのものだと思います。

 でも、景観は変わらなくても、水田の農作業の風景はこの数十年の間に全く変わってしまいました。今から四十年前には田を耕すのは牛の力でしたし、二十年少し前までは、一家親せき総動員で、田圃に入って田植えをしたものでした。コンバインが登場して、秋の田んぼから稲刈りとはざ掛け乾燥、脱穀の風景が消えたのはもっと後のことです。日本の水田は、そこに人がいない時は、昔とあまり変わらない姿を見せていますが、農家がそこで作業をしている時には、私たちの心象に植え付けられたイメージとは全く変わってしまっているのです。

 ところが、盆地の周辺の畑地帯では事情は少し違います。畑を耕す時こそ、トラクターが活躍しますが、その後の、野菜の苗の定植や、収穫などの作業は、昔ながらの手作業がほとんどです。宇陀郡一帯で栽培されているホウレンソウやコマツナでは、種まきに機械を使うことが多くなってきましたが、それも「農具」の兄貴分のようなものです。畑作地帯では、景観だけでなく農作業の風景にも「ふるさと」のイメージが生きているのです。

 しかし、最近、この畑作地帯の農作業風景が、変わりそうな気配を示しています。キャベツやハクサイなどの野菜の定植が機械化され始めたのです。「田植機」ではなく「畑植え機」が登場したのです。今まで大人一人でまる一日かかっていたハクサイの定植作業を、お米の田植機そっくりの機械が、二時間で植えてしまうのですから。農業試験場が四年前に小面積の試験圃(ほ)で始めた機械移植が、地域全体に広がろうとしているのです。「ふるさと」の心象風景は、あと何年かしたら、畑作地帯でも見られなくなるかもしれません。


1998年5月
奈良県農業試験場
高原分場 総括研究員 杉本好弘