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奈良盆地の田んぼは国民的財産

今年も、田んぼでは青々としたイネが太陽の光をいっぱいに浴びて育っています。都市化の影響で年々水田面積は減っていますが、奈良盆地では郊外から少し外れると、まだまだ田園風景を目にすることができます。昔に比べると田んぼで遊ぶ子どもの姿が減ってしまったことは少し寂しい気もしますが、田んぼが見せる四季折々の表情には、日本人の心のふるさととしての懐かしさが感じられます。
 ところで、奈良盆地に広がっている田んぼの多くが長方形に整然と区切られていることにお気づきでしょうか。山あいの棚田が、等高線に沿ってつけられたあぜで不整形に区切られているのとは対照的です。地元の方々にとっては子どものころから見慣れた当たり前のこの風景、実は「条里制」の地割が今に受け継がれたものなのです。
 「条里制」とは奈良時代の終わり頃から平安時代にかけて施工された日本最初の区画整理です。条里制地割では、まず耕地を6町(約654m)四方の碁盤目に割ってこの一区画を「里」と呼び、さらに「里」を1町(約109m)四方の36区画に分け、1から36の数字で一ノ坪、二ノ坪・・・三十六ノ坪のように呼びます。そして、「坪」を10等分したものを一反といい、約12aになります。今でも一ノ坪、四ノ坪などの地名にそのなごりが残されています。
 当時の条里は洪水などによって埋没してしまいましたが、発掘調査の結果、現在の農道や水路とほとんど一致する場所に坪界道や溝が発見され、ほぼそのままの姿を現在に伝えていることが明らかになっています。今でも奈良盆地の田んぼが10a程度の長方形に整然と区切られているのは、この条里制地割を保ちながら、千年もの長いあいだ耕作され続けてきた証拠なのです。
 このように見てみると、奈良盆地の田んぼは1つの文化遺産ともいうべき存在なのかもしれません。最近、水田は食料生産の場という役割以外に、洪水防止機能(ダムとしての働き)や水質の浄化、学校教育の場の提供などさまざまな役割(これらを「水田の多面的機能」といいます)を果たしていることが認識されてきました。水田の存続は農村だけの問題ではなく、都市住民の生活とも深く関わっているのです。奈良県民、ひいては日本国民の財産として奈良盆地の田園風景を次代に残していきたいものです。

条里制の説明
2004年7月
奈良県農業技術センター 
普及技術課 専門技術員 黒瀬 真