欧州評議会(H20.5.28)における知事講演

(1)講演日時  平成20年 5月28日(水)午前10時~〈現地時間〉
          【出張日程:平成20年 5月27日(火)~5月31日(土)】

(2)会場       フランス・ストラスブール 欧州評議会会議場


1.奈良:日本の古都

 議長及び各代表団の皆様、その他の皆様、本日は、欧州評議会のこの会議の場で、地球の反対側にある日本の地方自治体での動きをご紹介させていただく機会を得て、大変光栄であります。
 私は奈良県の知事をしておりますが、日本には47の都道府県と約1,800の市町村があります。奈良県はその47の都道府県の一つであり、日本の総人口1億2千7百万人のうち、約140万人が奈良に住んでいます。奈良は日本で最も古い都があったところであり、今から2年後の2010年には「平城京」という名の都に遷都されてから1300年目の祝祭が行われる予定です。
 遷都された約1300年前の時代、日本は大陸中国の大唐王朝との間で、重要な外交的、文化的交流を保っていました。
 7~8世紀にかけてのこの時代に、日本では、今も受け継がれている天皇制や法体系、国家制度の主要な部分が確立されました。さらに、日本人は仏教に基づく考えや哲学を受け入れるとともに、文書を書くための漢字が伝来しましたが、これらの文化的な要素も今なお生活の中に息づいています。なお、漢字が伝来するまでの1,500年以上もの長きにわたって、日本人は小さな日本列島の中で話すことしかできず、文字による記録を残すことはありませんでした。
 このように、当時の日本は、隣人である巨大国家中国からの影響を受け、国家としての基本的なソフトウエアを導入しました。それらを国家の基盤として、1000年以上の間、今も受け継いできています。
 今から約2週間前の今年の5月10日、中国の胡錦涛国家主席が奈良を訪問され、昼食と会見の機会がありました。中国の国家主席がなぜ奈良を訪問されたかと申しますと、奈良はかつての日本の首都であり、中国を中心とした当時の国際体制下においてパートナーの役割を果たしていたからです。また、胡錦涛国家主席は、中国の高僧鑑真和上の像をご覧になることを希望されていました。鑑真和上という方は、8世紀、55歳の時に仏教の教えを広めるため、奈良に来ることを決意され、5回の失敗を経て、遂に66歳の時、日本にやってこられました。しかし、既にその視力は失われていました。今や鑑真和上は、中国と日本の間の古代文化交流の象徴となっています。彼の座像は、日本の国宝と一つとして1,000年以上の間、奈良の地で大切に守られてきました。
 話は戻りますが、昼食の間、胡錦涛国家主席と様々な問題について話をすることができました。最初に胡主席から私に投げかけられた言葉は、「観光業が奈良の地域経済に占める比率はどのくらいですか」というものでした。私は、主席が誠実かつ真面目で、フランクな方だと感じました。その他、主な会話の内容は、内需及び内陸部の経済の発展の必要性についてのものでしたが、思いの外、胡主席もこの話題について積極的に話をされました。
 なお、主席の帰国2日後に四川省で発生した大地震については、哀悼の意を表したいと思います。
 東洋で大唐王朝が栄華を極めていた頃、西洋では、サラセン帝国が活気づいていました。732年にはパリから電車で約2時間の距離にあるトゥール・ポワティエの地での戦いでシャルルマーニュに敗れたものの、751年にはタラスの戦いで唐の軍隊を打ち負かしました。そうした中、紙の製法が初めて西洋へと伝えられたのです。なお、762年には、新都バグダッドの建設が始まりました。
 情報伝達の世界の中心として中国の王朝がその機能を果たす中、シルクロードを介して、多くの西洋文化が当時世界の東の端に位置していた奈良に伝わりました。その代表とも言うべきものが、日本で最初の世界遺産である、世界最古の木造寺院、法隆寺です。法隆寺には、エンタシスと呼ばれる、アテネにあるパルテノン神殿などの古代ギリシア建築の影響を受けた、柱の真ん中が多少ふくらんでいる木造柱の様式が見られます。また、奈良にある多くの仏像の顔にも古代ギリシアの影響がある程度見受けられます。つまり、アレクサンダー大王が産み出したヘレニズム文明がガンダーラの芸術に影響を及ぼし、仏教史上初めての仏像が作られた後、シルクロードを通して仏像文化が奈良へと速やかに伝わったのでした。奈良は、今となっては起源となった国々でもすでに見ることができない、これら伝来した文化遺産を大切に守り続けていることを誇りとしています。

2.現在の日本が直面する諸問題
 次に、現在の日本が直面するいくつかの問題について簡単に述べさせていただきます。人口減少、高齢化、医療と年金問題、国と地方の財政問題についてであります。
 日本の人口は2006年に1億2,700万人とピークを迎えた後、減少しつづけています。また日本人の平均寿命は世界で最も高く、2007年には男性が79.1歳、女性が86.3歳となっております。男性よりも女性が長寿であるということは万国共通のようです。さらにこの平均寿命は、今もなおゆっくりと年々延びております。その結果、65歳以上の人口は5人に1人となっており、2055年には2.5人に1人となると予測されています。これが日本の高齢化の現実でありますが、中国や台湾、韓国など、他のアジア諸国でも、同じような傾向が顕在化しつつあります。
 一方、すべての日本人が健康保険に加入していることから、家庭が支払う医療費も比較的安い状況にあります。しかしながら、医師の就業環境は大変厳しく、大病院から個人病院へと移る医師が増えています。その結果、多くの地方の町で、医師や看護師の不足が深刻化しています。しかしながら、日本では今までに医療の分野で移民や海外からの労働力を受け入れた経験がありません。
 高齢化がもの凄いスピードで進んでいる結果、年金制度も変革の必要に迫られています。消費税は現在5%であり、年金財政需要の上昇に合わせて、税率を上げるべきなのか、賛否両論の議論が行われています。
 国及び地方の債務は今や約800兆円(約5兆ユーロ)に達しています。こうした深刻な政治課題が山積する中、次期総選挙での敗北を恐れ、思い切った政策が打てない状況にあります。これもまた、すべての民主主義国家に共通することですが。

3.地方自治体の問題
 次に日本の地方自治体が抱える2,3の問題について紹介させていただきます。
  日本の地方自治体は2層制であり、47の都道府県と1,800の市町村で構成されています。県と市町村はお互いに独立した関係として位置づけられています。また、すべての県が同じ法的権利と責務を有しており、このことは市町村にも当てはまります。しかしながら、中央政府と都道府県、市町村間の権限と役割の分割、いわゆる地方分権はかなり複雑で、時には漠然としたものとなっています。国は、財政的権限や規制権限を手放したがらず、その一方で、地方自治体は国の権限の移譲に強く固執しています。
 この政治的戦いは今もなお続いており、解決への出口や方向性が見いだせない状況にあります。
 小さな市町村を合併させようと試みが最近まで行われてきております。2000年には3,200以上あった市町村が、2007年には約1,800にまで減少しました。つまり、7年間で40%も市町村が減少したのです。
 また、10程度の州を作ろうという道州制の導入が政治的議論の対象となっており、様々な論争を呼んでいます。
 私自身は、市町村合併の試みや道州制の導入という組織変更の試みは、地方自治体の様々な問題を軽減するとは思えず、むしろこうした動きに大きな疑問を持っております。というのも、どの地方自治体も欲しいのはお金であり、責任ではないからです。

4.グローバル化と地方自治体の自立
 最後に、グローバル化の進展について私なりの懸念を申し上げたいと思います。
グローバル化が進み、地域間の競争がますます厳しくなる中での地方自治体の自立について、一定の関心を持っております。
 国境を越えて商品や資本が合法的に移動する中、たくさんの企業が世界の遠方にまで進出しています。しかしながら日本は未だに輸出主体の経済運営に固執しています。その結果、輸出主体の巨大企業がある地域はますます豊かになっていますが、そうでない地域は取り残されています。グローバル化が進むにつれ、地域間の経済的、財政的格差は広がりつつあります。
 グローバル化と地域の自立の間でバランスを保つことは、私たちにとって重大な課題です。国と地方自治体の間で責任を分担することについては、こうした変化が起こっていることを考慮して行われるべきです。
  国は、問題のある資本の動きを規制するとともに、感染症、麻薬、不法移民の流入を防がなければなりません。一方で、地方自治体は、よりグローバル化が進む市場の中で、ますます競争的になることを強いられていますが、それと同時に、医療サービスなど市民サービスの提供も求められています。
 こうした懸念について、私は中国の胡錦涛国家主席にも話しました。昼食時の歓談の最後に、私は胡主席にアメリカ型のグローバル化についての考えをお聞きしました。しかし残念ながら、その答えをお聞きすることはできませんでした。というのも、胡主席がお答えされようとした瞬間、歓談終了のアナウンスが流れたからです。主席は笑みを向けられ、さよならの握手のために立たれてしまいました。
  このような懸念を有する一方で、私は一つの強い希望を抱いています。つまり、地域間の直接のコミュニケーションや人々の往来がますます盛んになることは、様々な点でとても有益なことでもあるということです。
 例えば、フランスや日本を目的地とする旅行はありません。また、フランス行き、日本行きといった飛行機もありません。目的地は、ストラスブールあるいは奈良というように地域の名前がはっきりと呼ばれるべきなのです。
 地域間のコミュニケーションによって、それぞれの国々の暮らしや文化、歴史、考え方の多様性に気づくことができます。また、国家間のより安定した関係の構築や、偏狭な思想及び危険なナショナリズムへの迎合の解消にも役立ちます。

  スピーチの最後となりましたが、本日は、私のつたない考えをこの場で聞いていただき、本当に有り難うございました。皆さんの成功とこの会議の成功を祈念しております。

  2年後には1300年祭が奈良で開催されますので、是非シルクロードを通って奈良にお越しいただければと考えています。記念祭までの間に知事選挙はありませんので、皆様がお越しの際には、私自身が奈良でお出迎えをさせていただくつもりです。
  本日は本当にご静聴有り難うございました。次は奈良でお会いしましょう。