iJAMP-時事通信社- オピニオン寄稿(2012年5月24日 掲載)

                  「このくにのかたち」を考える(その7) 
                                                                

 

          荒井知事
1.日本型社会保障の限界

 社会保障とは、われわれすべての国民に対する生涯の生活維持の保障、具体的には年金、医療、介護、福祉、子育て支援などの制度のことです。このセーフティーネットと呼ばれるわが国の仕組みが揺らいでいます。どのように改善すべきでしょうか。社会保障における「このくにのかたち」を考えます。

 わが国の社会保障は世界の最先端を行くものと思いますが、その型は独特なものです。つまり、男性が働き手として企業年金、健康保険組合など企業によるさまざまな福利厚生を享受し、併せて終身雇用による年功型の賃金を保障される一方で、女性が専業主婦として家庭内で育児や介護の担い手になるという、企業・家庭協同型の社会保障です。

 しかし、日本型社会保障の限界が見えてきました。少子高齢化と経済のグローバル化が、制度の根幹を揺るがしています。

2.社会保障における給付と負担

 わが国の社会・経済の構造変化を踏まえて、企業や家族に代わって社会保障の担い手として期待されているのは「公的部門」です。ところで、「公的部門」を社会保障の担い手の中心に据えるとしても、「誰が負担するのか」と「誰が給付するのか」ということが問題となります。社会保障の「給付と負担」のあり方です。

 ここのところ、「社会保障・税の一体改革」ということがよく言われていますが、「負担」の議論が中心で「給付」の意味とあり方についての議論が少ないように思います。

 このような中、先日奈良県では、北海道大学の宮本太郎先生をお迎えしてセミナーを開催しました。宮本教授が強調されたのは、「社会保障の担い手である現役世代への支援」「社会保障サービスの充実による地域経済のけん引」「多様な担い手の間に橋を架ける開かれた社会保障(翼の社会保障)」などの点でした。社会保障の新しいシステム構築に向けての示唆に富む提言であり、私も大いに感銘を受けました。

3.社会保障のつけを後世に残さない

 グローバル化で企業の力が弱くなり、少子高齢化で家庭の力が弱まり、財政悪化で国の負担も難しくなっている中、社会保障の負担はどうすればよいのでしょうか。

 社会保障のための支出の内容は、現在生きているわれわれが健やかに生活ができるようにするためのものばかりです。そのような支出は、後世に払わすべきものではないでしょう。われわれの同世代で負担をして、「つけを後世に残さない」ことが重要だと思います。「世代間の公平」を重視すべきです。

 ギリシャをはじめとするヨーロッパ諸国の財政危機の原因の一つに「甘いことを言う政治を選ぶ」現在の風潮を挙げる論者がいます。選挙のたびに行われる「甘いこと言い合戦」に警戒の目を向けるべきです。先進国の中で最も急激に進む人口減と高齢化に向けて「踏ん張る日本」を世界の模範になるように示したいと思います。

4.これからは「地域を軸とした社会保障」が重要

 年金を除く社会保障の給付の主体は地方政府です。奈良県内の社会保障予算は、およそ1兆円ですが、5000億円の年金を別とすれば、残りの5000億円のうち9割が最終的には市町村によって執行されています。

 このような給付のうち、年金などの現金給付以外のサービス給付をより良いものにしていくには、地方自治体の努力が欠かせません。国の社会保障の仕組みは、どうしても縦割りになります。複数種類の社会保障を実践する場(地域社会)は一つです。

 縦の制度を地域で横串にする知恵が地方に必要ですし、その際、市町村と県、そして国が連携する機能が大事です。また、地方公共団体だけではなく、地域にある社会保障に役立つ地域資源(自治会、民生児童委員、NPO、介護施設、医療機関など)を結集し、連携させる仕組みが必要です。

 社会保障における「このくにのかたち」は、大きな変革期にあります。奈良県では、地域の独創性を盛り込んだ地域の社会保障のあり方を「奈良モデル」として追求しているところです。(了)