平成29年6月14日(水)知事定例記者会見

司会:
 おはようございます。
 ただいまから知事定例記者会見を始めさせていただきます。
 本日は、発表案件がありません。その他のご質問がある方からよろしくお願いいたします。


質疑応答

民泊について

奈良新聞:
 9日に民泊の解禁の法案が成立して、早ければ1月に施行されるということで、一応都道府県が管理や届出を担当するとお聞きしていますが、その対応と、県としてはどういう思いがあるのか教えていただきたい。

知事:
 民泊のような発想が出てきた背景として1つは、これは世界のどこでもありますが、最近のインバウンド需要で宿泊施設が全体的に不足してきた、特に大都市で不足してきた。もう一つは、民泊という考え方は、ヨーロッパでは何十年も前から普通で行われていました。パリに住んでいる人は夏のバカンスは、2カ月間南仏やスペインに行くけど、ドイツもそうだけど、その間、パリに来て、いっとき定住する人に貸すのが普通で、そのあっせん業は今までも普通にありました。だから民泊という基本概念はヨーロッパでは普通で、そのような業界が既に発達しています。

 日本で発達しなかったのは、旅行、旅館業界の抵抗があったと思います。周辺業が本来業を圧迫するのでは、という業界の利害の話しがあったと思います。しかし、最初に言いました外国の人が来て需要が伸びていると。外国の人が来たときに、ヨーロッパ系の人、アジア系の人も、ヨーロッパでできるのにどうして日本でできないのかという声なき声もあったと思っています。民泊という仕方が、普通の住宅施設を、いっとき宿泊施設に定期的利用にすると。さっき言ったヨーロッパの仕組みは、本来は住宅ですが、日本の民泊は住宅をいっときかどうか、民泊の概念に関係しますが、常時利用と。住宅と宿泊施設の混在、マンションの中に混在ということがあるのかが一つのポイントになっていると思います。

 パリはマンションがあり、その中でマンション全部貸すことはないので、たとえばマンションで私は少しお金あるから、夏は大体南仏に行くのよ、という人は毎年夏、不動産仲介業に行って貸されるわけです。するとマンションの中で混在は当然、知らない人が来たときに迷惑をこうむるかというのが日本民泊の大きな議論の一つですが、向こうは日ごろから人に迷惑かけちゃいかんという住民同士の調整が割と進行しているので、いっとき来た人がより騒がしいか、乱暴かという気配はあるかもしれませんが、住民同士の生活アメニティー調整は、近隣関係はでき上がっているので、民泊という思想、マーケットは受け入れやすかったのかなと、私は思います。そのような背景から、基本的に民泊のような仕組みができるのは賛成です。

 それで、日本の民泊は、そのような環境の中で仕組みが提示され、その受け取り方でありますが、京都市長は民泊絶対反対だと、隣でおっしゃってたので、なるほどなと。彼は観光で、景観を随分、京都市を進められましたので、ある面尊敬してますが、京都市長がおっしゃるから地方で受け入れ難しいのかなと、京都は難しいのかなという感覚はあります。

 それをどう調整するかと。量的な調整、最初に言った、ほかの既存の業者さんへの圧迫は、これはタクシーでもみんなあらゆるところで出てきますが、需要が伸びているときにはそういうことはないのではないかと。新しい形は世の中へ出るのに、新しい形をそもそもだめだと、自分の商売が圧迫されるからだめというのは私はとりたくないので、基本的には新しい業態ができるのは賛成です。

 一方、規制の面で、先ほどヨーロッパではそういうマーケットができていると申しましたが、日本はまだマーケットが一部です。例えば、リゾートマンションを購入して、それを自分の住まないときに貸すのは、その販売元があっせんしているマンションだからです。あるいは、ホテルを住宅にしていいと。どちらの比重が高いかで、そういう業態は出てて、会員権という形で発生するわけですが、それの延長にも見えますが、既存の住宅の中に人がうろうろして騒ぐという生活環境規制、生活環境維持のための仕組みというのが大きな要素になっていると思います。だからマーケットの発生の道筋が違いますが、生活環境規制は、実際事象が起こってみないとわからない。

 一方、心配がいろいろあることです。基本的にはそういう産業業態が出るのは賛成ですが、例えばマンションの中の近隣環境を破壊しないことはどうなのかという基本的な規制は、ある程度そういうことのないよう登録制にして、業の参入については登録を条件にするといったようなことは普通ある話です。旅館でも簡易旅館なら登録制に、基準が合っていれば、サービスは悪くても施設がよかったら登録となるので、それ以上に規制するのも変な話でありますが、衛生や、特に大きいのは消防法など、火災のときにすぐに丸焼けになるというようなとこには、泊めてはいけないということで、旅館の中の規制で大きいのは消防法の規制だと思います。スプリンクラーがないとだめなど、そういう施設基準が適合しているかどうかというようなことです。

 あとは、民泊で料金規制は、多分その届け出ぐらいで、あんまりぼっちゃいけないなど、価格を表示した価格でないといかん。取引の公正性、安全性というのも、今度来たのは高く取ろうと、あるいはということが日本で観光業界で起こるが、ヨーロッパは普通のホテルで季節ごとの、ホテルの料金が部屋に張ってあるところが多いです。山のほうのホテルは、冬はどうして高いのかと思ったら、スキー客が多いからこのような格好でします。それは届け出かもしれないが、届け出を表示しろという規制があったと思うので、そのような取引の公正性や、おたくは高くしているということはないということを、グローバルスタンダード、ユニバーサルスタンダードでやるといったような業規制のあり方というのは、この民泊の中に入っているかわかりませんが、いわゆる今までの通常観光施設業に対してもそういうことを日本は行い切れなかったので、余りしていないと逆の心配がありますが、取引の公正性を、規制一辺倒でなく、規制の仕方でそういう表示をして公正に扱いなさいというのも規制の一つの対応で、あり得るのかなと思います。

 地方でそういう仕事があると、国法の中で地方がどのような役目を果たすのかということになりますが、規制の主体になるのと、奈良は観光施設不足なので推奨するかということになります。民泊の中で臨時民泊とは、ボランティアで自宅に来られた方を預かる方、奈良は割と親切で人気が高いです。東アジアサマースクールで来た学生を1晩、2晩泊めてもらっていますが、それは規制も何もない。ボランティアだから、全く臨時だから、業としてやらないからいい、業外に入ってくるので、今度は業として民泊業をしようかということだから、臨時はいいけど業はだめだと、こういうのが日本の風習でありますが、業としても臨時でも、やっぱり安全に泊めてくださいというのが基本でないかと思います。奈良県でこの業の監督、規制と振興という役目を仰せつかるとすれば、今みたいな公正性の確保とか、基準的なサービスの水準の確保とともに、奈良は施設不足ですので、上質な民泊はもう少し広がってもいいと思います。

奈良新聞:
 大阪とは奈良の場合、異なると思います。ワンルームマンションとか、そういうような形じゃなくて、先ほどおっしゃっていた上質な民泊というお話で、奈良県としてはどういうふうなものを推進というか推奨していくのか、教えてください。

知事:
 あるものを悪かろう高かろうで売りつけるのは、関西だけとは言いませんが、そういう商売がはびこると地域のブランドが悪くなるので、いっときのお客様はそういうことをする業者が横行するわけです。それはその地域の観光ブランドを低下させることは間違いありません。どのようにすればいいかとなれば、リピーターが来るように、今、サイトが読まれますので、例えば大阪にしろ、奈良にこういう民泊はひどかったよと書かれると、だんだんだめなんです。そのときに投資が少ないから脱退もすぐできる。あるものを利用して、評判悪くなると、もうやめたというと、そういう商売をはびこらせるといかんと。定着する産業にしなければいけないと思うので、それは振興のほうでも、工夫が要るのかなと思います。悪かろう高かろう、いっときお客さんが来るという商売は防止しないといけないと思います。大阪だけでなく、奈良でも同じ状況にならないようにと思います。

 どのようにすればというのは、多少工夫が要ると思います。だから先ほど言いました、京都市長は慎重派、大阪は促進派かもしれませんが、絶対だめだという感じでもないが、基本的にはいいと思うが、よくやらずぼったくりというのがありますが、泊まりにきた人は、初めての訪問地を知らないで泊まられ、ああ、こんなところかといってひどいところに泊まった覚えもありますが、ヨーロッパは総じて質の均一性というのは担保されてますので、旅行業が随分広くなってきました。日本の旅行産業、宿泊産業が安定して伸びるためには、質の維持が絶対必要だと思います。そのときもうかればいいという業政策というのは普通はあり得ないが、放っておくと奈良もその例であったように思います。1回来ればいいというのは絶対だめだと思います。

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「奈良のシカ」の保護管理について

関西テレビ:
 天然記念物としての奈良の鹿ですが、今回文化庁の許可がおりたと思うんですけれども、この捕獲の許可がおりたことの意味と、それによってどういった効果が期待されるのかというところを教えてください。

知事:
 奈良の鹿は、天然記念物ですので、捕獲もだめでした。その一方、奈良の鹿は、奈良公園の鹿と、実は周辺に随分鹿が進出というか、もとからいる鹿かもしれないですが、郊外鹿という言い方をされているマスコミもありますが、周辺地の鹿は鳥獣害の主体でもあるということがわかってきて、困っているということでした。奈良公園中心から、A、B、C、Dと4地区に分けて、周辺地区の鹿の捕獲はできないかというような調整をしていました。その捕獲も可能だと文化庁のほうから言っていただき、とりわけ奈良の関心は、A、B、C、Dの内、その外輪部であるD地区の鹿の鳥獣害が激しいので、そこの捕獲をできるというようなことで、周辺部の鹿の鳥獣害被害を減少できるのではという期待をしております。

 一方、奈良公園地区のA地区とB地区、ほとんど奈良公園と重なるんですが、A地区とB地区は捕獲の対象になりません。それとA地区とD地区の鹿はあんまり交流がないように聞いております。

 捕獲の意味は、D地区の鳥獣害被害がひどくなってきたので、その対策の一つとして捕獲ということが認められたというふうに思っています。保全する鹿・あるいは地区と、捕獲ばかりするわけではなく管理をする地区との差をつけたことに意味があったというふうに思います。もう少し基本的なことを考えて、なぜ鹿が野菜などを食べに来るんだろうかということですが、森林環境管理というものがなかなか日本は進まなかったように思います。この森林環境管理も、森林といえば農水省というふうに思いますが、農水省は生産ばかりですので、環境管理があまりされていなかった。どちらかというとそれは環境省の仕事というように、日本は中央省庁が分かれているのが大きな原因かと私は思います。

 山の生態系維持について、日本は森林が7割で、奈良も7割以上が森林地区ですが、そこでの動植物、鳥獣害の生態系維持管理については、県の権限も、国からはもちろんおりてこない。分権というのは、国に権限がないものはおりてきようがないと、最近この森林環境管理で思っています。だからこのように、地区で生態系管理までなかなかいかないんですが、保護する地区と管理する地区とを分けてゾーニングして保護する。国の仕組みの中でできることを認めていただくといった手法になっていますが、これから森林環境管理は、その地域ごとのきめ細かい管理を地域で工夫できるような総合管理ですね。生態系維持と生産力維持、治山治水、レクリエーションといったような森林の総合的維持の仕組みは、国ではできないと私は思います。今のところ、地方でしかできない。日本の国の仕組みはそうなっているということがつくづくわかって、残念ながらそのような分野ですので、国が仕組みをできないところを分権といっても分権のしようがないじゃないかと。縦の細かい分権、総合的な施策があって、それを国と一緒に地方が役目を果たすといったような、国創権、地方分権、地方協力連携といった仕組みが日本はなかなかできない。

 なぜこんなことを言うかというと、スイスはそういう仕組みを国法、連邦法でつくっているのに、日本はできないなという考えがとても強くありますので、今の奈良の鹿から少し広い話で恐縮ですが、生態系維持というのをもう少し総合的な仕組みの中でしていかなければならないと、追加の質問にはなかったかもしれませんが、改めて感想として持っています。

関西テレビ:
 結構鳥獣被害が、かなり拡大しているというか、かなりひどくなっているという現状があると思うんですけれども、ここまでになるまでに食いとめられなかったのかなということも考えるんですが、なぜ今のタイミングでこういった捕獲に乗り出すのかということと、捕獲をしなくても共存することはやっぱり難しいのかということをどのようにお考えか、教えてください。

知事:
 何か、共生についていい意見ありますか。マスコミの方にどうしてかと言われても、(国の仕組みが)本当に進んでないとまず言わなきゃいけない。それはマスコミのせいでも何でもないんですが、国は共生の仕組みをつくれないんだなというのが、私の先ほど言った感想です。

 この奈良の地区は、とりわけ天然記念物として保護するといった地域ですので、規制がよくかかっています。今の鹿の捕獲が、奈良公園周辺でも鹿の捕獲はするようになったのかといったような意味があろうかと思いますが、今のご質問は、奈良公園でできなかったかというよりも、ほかの地域では共生ができなかったのかというほうが、もっと量的に大きなご質問の意味があろうかと思います。

 鳥獣害被害は、鹿、猿、イノシシなどですが、全国的にすごい被害になって、それがどうして防ぐことができないのかというと、奈良公園は鹿は天然記念物だから難しかったというのが即答的な答えです。ほかの地域ができているのにということであれば、ほかの地域こそできてないということが、先ほど、ご質問にはなかったですが、3つ目の答えで申し上げた、「国がそういう総合的森林政策、森林環境管理政策というのをつくれない」というのが、スイスとの比較での特に強い感慨であります。遅れる理由が日本にはあったんですよね。国の中の分権、分散ですね。環境省と林野庁あるいは治山治水、一緒の法律をつくってくれれば総合政策はできるのにと私は思います。どうしてかについては、国にちゃんとした法律がないからだと即答しておきたいと思います。国に責任を負わせるということではなく、だから奈良県では、森林環境管理制度を条例でつくろうかと。もう国の創権と分権を待ってられないといった感じです。和歌山県と三重県と一緒に森林環境管理制度を、スイスに倣ってつくれないかというのが今の方向です。できなかった理由については、国のせいだと、こう言いたいぐらいなんです。国が分かれているからだと、とりあえず言いたいぐらいなんですけどね。

関西テレビ:
 どうしてこのタイミングかということに関しては。

知事:
 もう待てないということですね、待てない。鳥獣害被害がすごく顕著になってきて、奈良の鹿は、捕獲の対象どころか保護の対象でしたので、余計に捕獲はみんな遠慮していたことは確かですので、奈良の鹿まで捕獲の対象にやっとなったのかということです。このタイミングというのは、奈良の鹿をどうするか、奈良公園の周辺の鹿害をどうするか、獣害をどうするかというのはもうずっとありましたが、やはり天然記念物でもありますので、できるだけそういう殺伐たることはしたくないというのが市民にもありますし、行政の中にもありますので、交通事故を防止しようと、鹿の飛び出し気をつけてくださいといって保護を徹底してやろうという土地柄です。それは大変貴重なことだと思いますが、周辺の鳥獣害の被害が随分周辺の住民の方、遠慮しながら頭を悩まされてきていますので、捕獲に踏み切った、やっと踏み切ることができたといったような感じです。

 基本的な、根本的な防止策ではないんですよね。多少被害を減少できるかという程度でありますので。先ほどの共生というのは、なかなか大変だと思います。山の、基本的には森林の管理が日本はほったらかしだからだと思います。森林の環境を管理をすれば、鹿がドングリも食べられるし、里におりてキャベツを食べなくても山の中で餌が豊富であれば、その中で生育していけると。これは全国そうですが、森林の環境維持に手を抜いたのが、この鳥獣害に向かっているというふうに思います。今もまだほったらかしですからね。その森林環境管理を、国の措置は待てないから、紀伊半島で条例をつくろうと。今、スイスのフォレスターが奈良の山に、川上村と十津川に実習に来ておられます。彼らがどんなふうに奈良県の森林あるいは日本の森林を見て帰られるのか、来られたときにご挨拶に来られて話をしたんですが、また帰られるときにもお話をしたいと思っています。スイスのフォレスターの印象をぜひ取材していただけたらと思います。今みたいな感覚ですので、スイスの森林環境管理制度、とにかく連邦法も州法もそのような総合管理制度ができ上がっていますので、驚いています。そのような状況です。

読売新聞:
 先ほどスイスのお話で、ちょうど今フォレスターの方が、県内で実習をしておられると思うんですが、どういったところに期待をされますか。当然良い影響を期待されて招かれているとは思うんですけれども、期待される点というのは何かありますでしょうか。

知事:
 大いに期待しております。フォレスターの実習生への期待というのはありますが、その背景にある制度を学ぶことへの期待ですね。スイスの連邦法では、その目的が木材の生産という山のことではありますが、日本はそれだけですよね。それに治山治水というのが大きいんですね。ちゃんと間伐しないと山に水の保水力がなく、土砂崩れは紀伊半島でもありましたが、全国至るところ、急峻なところなどで被害が起こり得ます。治山治水は、日本の国では林野庁と国交省に分かれたままです。これも大変特殊な例です。

 もう一つは、森林の中での生態系維持というのは、それだけで単独なんですが、スイスの国法では、ほかの生産維持と、治山治水維持とともに、生態系維持というふうになっている。また、森林はレクリエーションの場についても、これも併せてこの4つを別々に国は管理されていますが、やはり総合的にしないと。その総合的にする法と、それを維持管理する権限をスイスではフォレスターという国家資格の制度に与えて、そのフォレスターの資格を取ろうとされているフォレストアカデミーの実習生が奈良に来ていただいたというので、そのようなことを我々が知るのがとても大事なことだと思います。スイスのフォレスター制度を宣伝しているようですが、今まで知らなかったすばらしい制度が世の中にあるのに、しかも目の前で困っている事象があるのに、この制度をうまく植えつければ森林環境が少しでも改善されないだろうかと、そんな思いです。

 奈良の鹿の周辺地区の捕獲以上に大きなことかなと思ったりもするのですが、フォレスターの見習いさんが来られて見習って、これは交流が始まったということですので、そのうちベルン州の近くにある林業大学校、フォレストアカデミーの校長先生が間もなく奈良に来ていただけますが、フォレスターとか校長先生に会うと、どのような思想で森林環境を管理されているか、日本の森林組合の人たちと、こういう比較は変ですが、全く頭の中が違いますよね。森林組合の人たちの悪口を言うと申しわけないですが、とにかく木材が高く売れるように、それ一辺倒で、あとは私有の自分の庭だから、切捨間伐といって間伐材を放置してもいいと、こういう感覚です。スイスは、私有地でも、環境管理に従うという所有者のメンタリティーがありますので、大いに国柄が違うなというふうに思います。そのような私有権への規制というのを、もう少しこの森林においては行えたらいいのになと思いますが、大変難しいことかなと思っています。国ができないから、3県合同の条例でもできたらと思うんですが。1年半ぐらいかけてスイスの勉強をしていきたい。その一環でフォレスターに来ていただいていると、交流が始まったということであります。期待はとても大きなものがあります。今度の訪問への期待というよりも、その背景にある制度の移入に対する期待です。

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議会を置かず村総会を置く動きについて

日経新聞:
 高知県の大川村で町村総会、過疎が進んでしまってどうしようもない。過疎が進んだ町村の行政のあり方と、奈良であのようなことが起きる可能性、これについて知事はどうお考えですか。

知事:
 住民自治の形は、全国一律施行が日本では強かったです。徳川時代までは村落自治は多様であったと思います。昔は田舎のほうがお米の生産力、木材の生産力が高かったから、自治のボリュームも田舎のほうが多かった。それを全国標準化したのが明治政府でありますけれども、明治政府の設計にほころびというのではなく、バラエティーを要求されているのだと思います。基本は住民自治をどのような形でするかということであります。スイスの例をまた挙げて恐縮ですが、最近スイスとおつき合いがあったので。カントンというのはとても大きいが、マニシパルのように小さな村など、行政はあるけれども、議員はほとんどいなくて、議員が兼業されています。だから村議会は夕方からしか開かれないんです。日中は山のきこりや農業など、仕事をして、夕方から集まるといったような仕組みがある。これも住民自治で大きな形だから、工夫をすればいろんなバラエティーのある、基本は住民自治、住民の意思が行政、地方行政にどう伝わるかだから、私は形にこだわらなくていいのではないかと思います。

 議会がなければ、一つは議員がそのように議会の運営の工夫と、それから大体スイスは市長はあまりいない。議員で通った人が順番に市長になったりする。だから逆に議員で順番に市長選をしなくて、議員が5人いれば、毎年村長になってもどうかとか。ベルン州の総理は7人いる議員さんが1年ずつ総理、首相になる。スイスはその大きなベルン州でも、直接自治がすごい、それを誇りに思っておられます。

 だから、これだけ移入をして150年ですが、地方自治の形を、形中心にどんどんなってきているように思いますけれども、山縣有朋が言ったように、住民自治は昔の村の中で行われていたことだから、それを直接みんなで決めよう、住民自治の基本、今は国の分権、分権というのは違う自治です。分権自治だから、組織の権限分野の話ばかり知事会でもされますけれども、住民自治のあり方というのは、今の大川村の話で突き詰められておりますので、その住民自治の要求の観点を、組織自治の形に当てはめようとする見方があれば、私は賛成しません。住民自治のあり方をどのようにすればいいかということを、小さな村あるいは多少大きなまちでも追求する時代になって、それはバラエティーを認めるということと、国がバラエティーを認めないのかと、こう言いたいです。住民自治の基本があれば、どのような形でもある程度の範囲でいいのではないですかという役人も、自治省の中にもおられて、自治省と言ってるのだから、自治の形は多少自由があっていいんじゃないかと思います。

 今までと違った形が出てきておかしいかもしれない、あるいは新しい形はいいかもしれない、その形だけでは少しつまらない議論になってもいけない。本当は住民の意思がどのようにその地区の行政に到達するかというようなことで、場合によっては直接自治で村落の村協議体でやって、今年の村長はおまえだ、そのときの村行政のお金、財政は預かりますから、その規律をどのように監視するかというのは、今の民主主義でとても大事です。第三者の目というのは議会に期待されているわけですけれども、そういうありきたりでなくても、もとはヨーロッパでもそういう自治を基本に発達して制度が出て、その形だけ移入してきた明治のやり方、形ばかりはもういいのではないかと私は思います。

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天皇の退位等に関する皇室典範特例法について

毎日新聞:
 天皇陛下の生前退位の特例法が成立しました。その受けとめを改めて伺いたい。また、京都が、退位後のお住まいはぜひ京都へということをおっしゃっていますが、京都が平安京なら、奈良は平城京や藤原京があります。奈良県はどうされるんですか。

知事:
 刺激的な質問です(笑)。少し挑発されているかもしれない。一つは生前退位の受けとめ方であります。今上天皇のお気持ちに最大限沿うようにというような、何度も両陛下にお目にかかった光栄な者といたしましては、お気持ちに沿うようにというのが最大の願いであります。お気持ちはなかなか解釈は違うかもしれないですが、私への今上天皇のお気持ちは、とりわけ全身全霊でお務めを果たされ、陛下のことを直接表現で、こういうお方だからと言うのは失礼なので申しませんが、とても尊敬しております。そのお気持ちに沿う形は、全身全霊でやってきた仕事を譲りたいと、天皇の仕事は譲りたいとおっしゃるので、天皇に仕事を譲って自分は身を引くということでありますので、その気持ちにどれだけ沿っているのかどうか、今の生前退位制度がお気持ちに反してはいないと思いますが、十分沿ったかどうかは、余り深く考えていませんけれども、沿っていればいいのになと願うばかりです。天皇陛下のお気持ちを十分忖度していただくことを、関係者の方に期待します。個人の論評は恐れ多いことだといったような感じがいたします。

 それと、上皇になられる今上天皇のこれからのお住まいの仕方については、先ほどのご質問で、明治天皇の離宮を奈良でつくるという構想が明治時代にありました。明治23年頃になってからですが、宮内庁でもオーケーが出ていた。飛火野周辺に作ると場所も特定されましたが、結局できなかった。そういう離宮構想、奈良に離宮をという気持ちはあります。どこでどうかというのは今練っておりますが、練っているというのは恐れ多いが、そのような気持ちはあります。離宮ですから、どのようにお住まいになるか、それこそ今上天皇のお気持ちに沿うようにお住まいになってくださいということが基本だから、忖度を十分できるかどうかわかりませんけれども、いつも奈良のことを父祖の地と言っておられますが、125代天皇のうち25代が奈良にゆかりのある天皇でありますので、神武天皇が亡くなられて2600年が昨年でありましたし、君と臣という「愚管抄」、慈円が12世紀の後半、13世紀の初めに書いた日本の統治の骨格であります君と臣というような概念は、君の伊勢神宮、臣の春日大社ということでいまだに続いております。

 あまり我々は意識しておりませんが、二神約諾という慈円が提唱した形がいまだに続いているわけでありますけれども、藤原、春日大社、臣の地でもありますが、君の父祖の地でもありますので、離宮というのはアイデアの段階ですが、まだ手を挙げるというところまでは行っておりませんが、考えがあるということを、アイデアとしてはありますということを、少し挑発されたご質問のように、京都、京都とおっしゃるので、そんなアイデアの検討は今しているということを言ってしまいましたが、アイデアでありますので、まだ恐れ多いところまではいかないかもしれませんが、私どもの気持ちとしましては、上皇になられて、つつがなく、気持ちよくお過ごしになる場所が幾つもあってもと思います。東京に住まないといけない、京都に住まないといけない、ということは、御用邸がありますけれども、それは東京近郊の仕事場の静養の場所のようなことですけれども、離宮はまた少し違います。

 離宮という表現がいいのかどうか少しわかりませんが、明治天皇の離宮構想が、明治天皇在任中に、明治23年頃に宮内庁からオーケーというようなことが少し調べたらありましたので、平城宮跡も広いしとか、天武天皇、持統天皇がおられた明日香もとか。今の今上天皇・皇后陛下は、天武天皇、持統天皇に匹敵するか、それ以上のパワフルで敬愛を集めておられる方だなと私は思っておりますので、天武天皇、持統天皇のふるさと明日香、吉野というのも縁はあるということで、具体的に考えておりませんが、奈良県、父祖の地の知事としては、敬愛思慕の情を離宮構想でもしあらわすことができればうれしいなと思います。まだ子供のアイデアの段階でありますけれども、ご質問で引っ張り出されてしまいました(笑)。

毎日新聞:
 そうすると、どこかの段階で要望をされるんですか。

知事:
 もしそのアイデアが伸びますと、することになります。京都の対抗ということではなく、奈良独自のお気持ちの表明、前から思っていたのですが、生前退位のご意向があった時に、奈良にもっと来ていただくことがあったらなと思いました。吉野での「豊かな海(づくり大会)」で、海のない奈良県がお招きしたのも、吉野に陛下が行ったことがないとおっしゃって、ちょうど豊かな海、吉野でするということが決まっていて、園遊会で豊かな海の祭典を来年吉野でいたしますのでお待ちしております、と言うと、すごくお喜びになった。余り身辺のことを申し上げるといけないが、園遊会の時のお話で、すごく吉野を気にしていただいているんだなと思いましたので、奈良の地もご縁があるのかなと。

 秋篠宮の秋篠寺、秋篠川は奈良でありますし、地縁だけですが、高円、三笠というのも奈良の名前がどういうわけかついております。万世一系の先祖から来られている流れの中の源流的なものは、神武天皇、奈良から始まっておられるということは奈良の誇りでもありますので、生前退位をされましたら、奈良として何かお喜びしていただけるようなご貢献ができたらというのが基本的な気持ちでありますけれども、ご公務ではなく、今度はご身辺の気持ちを休めていただく場といったような意味でご貢献できるチャンスがありましたら、天皇陛下が来ていただいて地域の誇りだと、そういうことではなく、静かに奈良へ来てもらったらどうかというように内々思っておりましたが、天皇のお気持ちに沿うかどうかに全くよると思いますので、もしそういう離宮構想が、しばらく休まれるチャンスがあればと。もしお気持ちがあるということを忖度できることでありましたら、その提案も意味がある。地域の工場誘致等とは違います。お気持ちに沿っているかどうかということを十分忖度しないと、ご自身では絶対おっしゃりませんので、だから無理をしてはいけない。お気持ちに沿っているかどうか慎重に運ばないといけないので、あまり言うのもいけないのかもしれませんが、そういう気持ちはあります、言わないと気持ちがないと思われても嫌だから、気持ちはありますと、お気持ちに沿う気持ちはありますというようなことでご理解願えたらありがたいと思っております。

時事通信:
 アイデアの確認ですが、離宮ということは、一時的に滞在される、休まれるところで、主には退位後の上皇陛下と上皇后陛下が、来て休まれるところというようなイメージですか。

知事:
 明治天皇の離宮というのはどういうことなのかということを今、勉強しています。明治でそういう話があったということまでは確認しましたが、どのような内容であったかという詳細は、明治20年代の話なので、よく分かっていません。奈良で離宮を作ることは決まったということだけを確認しましたが、結果、できなかった。離宮はどのようなものかということです。できるだけ健やかにということが願いですので、研究や文化、国際交流の歴史にとてもご興味をお持ちです。学問的には考古学的なことになります。考古学的な世界の奈良は渡来物が多く、考古学の世界の交流があり、考古学の進展から日本の始まりの意味が明らかになってきている面があります。学問的な興味の提供ができる場でもあろうかと思います。単なる空気が良い、景色が良いというだけはなく、文化、歴史の雰囲気が漂っています。

 また、奈良では桓武天皇が784年頃に奈良を去られて、ずっと神社仏閣が残り、古い神様が奈良に居座り続けていただいたという、少々神がかった表現もあり、言い方は変ですが、先祖を守った神様が奈良にまだご在住ですという気持ちもあります。天皇家は流儀的には神道中心であろうかと思いますが、聖武天皇が受戒をされた地でもあるので、天皇家の、天皇陛下の受戒ということで仏教が急速に広まりました。そして、いまだに続いているということでもある。京都に行って浄土宗や、そういう新しい庶民の仏教も広まった歴史がありますが、日本の統治機構の基本になった仏教伝来と、国教にはならなかったですけど、融合の中で陛下が受戒されたという地でもあります。日本の始まりは不思議なことがまだまだ多いので、日本の始まりで、一番始まりからできた制度で残っているものが天皇制だと思います。あるいは制度じゃなしに神社への日本人の信仰だと思いますが、その精神的な形の面というものを、様々な幸いに反映してきた日本列島です。過去の歴史を振り返る民族であれば、未来も安心できると私は思いますが、奈良の地のそのような歴史を両陛下はとてもご興味をお持ちであるので、そのような歴史文化の雰囲気を提供できる場にもなろうかというふうに思っています。

 幅広いユーラシアとの交流で奈良の文化が始まり、その接触点になったということです。遠来の渡来文化と日本列島の古来の文化と、それを発展させる土壌の出発点になったのが奈良だと思うので、天皇陛下、天皇制というものが残った。また藤原不比等のおかげだと思いますが、中国の思想の影響もあったかもしれないが、二神約諾で君と臣というものが残って、いまだにそれを基本にしているということは、我々は、もう少し意識してもいいのかなと思います。そのような観点で、御所があればまちがにぎわうとか、そういう卑近な感覚を持ってはいけない。もし他のまちがそう思っては恐れ多いことだと思うぐらいです。アイデアですので、御意に沿うかどうかは、なかなか御意は確かめようがありません。

時事通信:
 現時点での、アイデアということですが、どの程度のアイデアなんでしょうか。思いついたレベルなのか、ある程度イメージが固まってきているぐらいのアイデアですか。

知事:
 今日、思いついたわけではありません。謙遜しているわけではないが、実際はまだ思いつきの段階だと申し上げていいと思います。ニュースにもならないような思いつきの段階だと思いますが、アイデアとしては多少しばらく持ってきておりましたので、離宮検討を具体的には指示はしています。職員が、知事が本気かどうかと思っていたと思いますが、今日をきっかけにもう少し検討に拍車がかかるのではないかと思う。そのために言ったわけではないですが。アイデアレベルであることは間違いはないので、進めている中で、お願い、要求、陳情ということになればいいなとは思っております。

共同通信:
 今思いつきの段階で、検討も具体的に指示をされていて、1年ぐらいの間に素案というか、このような場所にこういうものをというのが出てくる可能性はありますか。

知事:
 そうですね、具体的なものがないと、空中楼閣というわけにいけないからですね。「父祖の地」と陛下が平城遷都1300年のときにおっしゃっていただいたのが、とても気持ちの上では取っかかりになっています。いつもホテルというわけにもいかないしですし、「父祖の地」に時々来られる決まったお住まいの場所があってもいいかと。行事があればホテルということもある。しばらくご滞在していただく地があってもいい。

 今、離宮という表現がいいのかどうかわかりませんが、嵯峨離宮というのは、嵯峨天皇が嵯峨に行って帰ったりして、権力を持った嵯峨天皇が。嵯峨というのは京都市内から随分離れたところで洛外であります。そこにおられて、正倉院御物も借り出されたりした天皇であります。そういうイメージではなく、本当に我々庶民の場合で言いますと、引退された方の隠居というか、くつろぎ、また癒やしの場所といったようなイメージで、御意に沿うような場所かどうかを十分忖度しないと、陳情すること自身恐れ多いことかもしれません。そういうアイデアはあるという段階ですが、アイデアが要求書まで結実するかどうかは、もう少し検討しなくてはいけないと思います。

 しつこいですけど、京都に対抗して言っているわけではありません。天皇陛下の御意を忖度できるかどうか、それ一筋によっておりますので、地域の振興とかそういうことは全くありません。商売等、そういうことは全くありません。

時事通信:
 天皇陛下がお気持ちを発せられたときにそういった構想を思いついたのか。

知事:
 お住まいは、これからどうされるのか。東京に住まわれるのか。多分、忖度ですが、天皇陛下のそばで上皇がおられるのも、何か遠慮されるのかな。すると、どこにお住まいなのか。ちょっと離れた場所で天皇陛下を見守られたり、アドバイスされたりというようなことがあるかもしれないし。昔の王室関係のおつき合いがあるので、上皇がご存命だったらお会いできたら会いにいきますよといった元首とか、ヨーロッパの王室関係の方、よく昔はおつき合いされましたが、そういう方が来られたときの接遇というのはどこでされるのかな。大概東京でされたら便利がいいけれど。

 一つ日本の始まりというので、なぜ奈良なんかにいるんですかともし聞かれたら、いや、2600年前の先祖がここにいたんですよといったようなことで、すごく世界で一番長く続いている王朝というか王室というのが、そういう会話の中ではっきりしてきます。そのような証明をするのに、京都のときからしか天皇陛下というのはいなかったのか、そういう誤解が生じるといけない。1000年前ぐらいですかというようなことでもいけない。いや、奈良を離れられたのが1300年前ですよと。そのさらに前に天皇陛下のご家系はありました。25代までは奈良におられましたというようなことを日ごろ宣伝しなくても、天皇陛下が奈良に時々おられるということはなぜかというお問い合わせがあったときに、父祖の地というのが大きなキーワードになる。これは個人的な感じでありますが、そのように思って今度の生前退位の動きを見ていました。

産経新聞:
 先ほど職員に検討を始めるよう指示されたということですが、具体的にはどういうことを指示されたのでしょうか。例えば、明治時代の資料を集めるようにとか、離宮の定義とはどういうものなんだとか、どういうことを指示されていますか。

知事:
 1つは、明治の離宮、飛火野の周辺に離宮建設が決まっていたという報告があって、どのような経緯で決まったのかということをもう少し調べてくれということ。まだ今の段階です。もう少し調べると、今後上皇のお住まいの場所、常時お住まいになるのと、時々お住まいになられる場所、保養所は使われないかもしれませんので、保養所の葉山と東北のほうの保養所を使われないかもしれません。するとそれに代わるものを、ホテルに行かれ、色々なところに行かれるのはいいが、常時落ちついた場所でお住まいになられるといったようなことを想像しますと、どこか要るのかなということで、京都は天皇陛下が執務もされていた、1000年にわたって執務をされていた場所ですので、嵯峨に行きますと上皇は京都にたくさんおられましたので、上皇の住まいは洛中にあったり、洛外にあったり、ちょっと離れたとこにあったりしましたけど、上皇と天皇の関係、大変であった。応仁の乱も起こってしまったので、そういう政争を起こしてはいけないというのは、今度の上皇制度の一つの大きなポイントだったと思います。恐れ多いですが、昔の京都の上皇制度は、上皇が支配するといったような政治関係があったので、それはいけないと天皇陛下は本当に思っておられると思います。すると引退された後のお住まいというのは、あまり執務に、京都であっても執務のにおいがないほうがいいかと。ご先祖とか歴史の薫りがさらに上皇、上皇后に、大変、学識深い両陛下です。

 そして文化です。音楽や文化がお好きですので、それを楽しんでいただく。東京ではたくさん来ますが、関西でもそういうことを楽しんでいただく。言葉は変ですが、お慰めをいろんな形でできる機会があればと思っております。離宮の建設は必須かどうかは分からないが、我々国民の一人、また天皇家と縁のある奈良県、奈良地域の知事としては、これから全身全霊で天皇業務に向かわれた退位後の上皇様をどのような形でお慰めして、敬慕の情を続けることができるのかというのが私のこの発想の中心ですので、離宮ありきではもちろんありません。その中で離宮のようなものがあっても、文化、歴史の触れる機会がありますよというお慰めのお誘いの形になれば、そのアイデアがどのように発展するかというのは、基本的には、そういう気持ちですので、もう少しそのようなあたりは研究を深めていませんが、研究して、ご要望できる形までになるかどうかというのは、これからになります。

司会:
 よろしいでしょうか。
 それでは、これで知事定例記者会見を終了させていただきます。ありがとうございました。

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(発言内容については、読みやすくするために、広報広聴課で編集しています。)

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