1.「奈良の健康と教育」講演会
奈良県の健康と教育の実情を県民の皆さまにお話しする機会がありました。
「健康」では、奈良県内の平均寿命、健康寿命、要介護期間について、各都道府県と比較しながら、「健康寿命を延ばすのにはどうしたらいいのか?」講演しました。
ウォーキングを始め適度な運動は、生活習慣病を予防し、健康寿命を延ばす効果があります。
皆さんが、運動を習慣として、元気で長生きしてもらうことを心より祈念しています。
「教育」では、奈良県内の子どもと大人の教育、学習実情を話しました。
まず、子どもについては、大学・短大への進学率、学力、生活習慣、地域での活動や行事への参加状況を各都道府県と比較しながら話しました。
規範意識を高めるためにも、子どもの地域活動への積極的な参加を期待します。
また、大人については、県内の公民館、体育施設、文化会館等の施設の状況や地域の講座、教室等への参加状況について話しました。
多くの方々にスポーツや文化講座などに参加していただき、そこで得られた知識等を自分だけにとどまらず、地域で生かしてもらえることを期待します。
2.長寿者訪問
例年のごとく、奈良県最長寿者の津田アキヱさんを訪問しました。
110才になられています。明治30年生まれですので、日清戦争の時のお生まれです。
私のおばあさんは20年以上前に、おじいさんは30年以上前に亡くなりましたが、明治28年、29年の生まれでした。
おじいさん、おばあさんはずい分昔にあの世に行かれたと思っていましたので、同い年の方が今も生きておられるのは、すばらしいことだと思いました。
皆様も身体に気をつけて、ご長命記録に挑戦してください。
3.平城遷都1300年記念事業推進議員連盟
9月11日に、森喜朗元総理に会長を勤めていただいている平城遷都1300年記念事業推進議員連盟を自民党本部で開いていただきました。私も出席して、平城遷都1300年祭のこれまでの進み具合と、これからのお願いを申し上げました。
特に今回は、平城遷都1300年記念事業を閣議了解の対象としていただくお願いをし、その旨議連の決議としていただきました。
まったく前例のないことなので、相当難しいことと思われますが、森元総理は、議連の会議に出席された各省の人々に向って、「初めてのことをするのが君たちの役割りだ」と言われ、大いに応援をしていただきました。ありがたいことだと思います。大いに感謝申し上げる次第です。
また、各省の関係者の方々には、これまでも本当にお世話になってきました。立派なお祝いができるように頑張りたいと思います。
4.奈良ゆかりフォーラム
9月13日に、東京三宅坂ホールで奈良ゆかりフォーラムを開催しました。
平城遷都1300年祭の事前イベントのひとつで、薬師寺の村上執事長のご講演と平城京とゆかりのある市の市長さんのお話とともに、せんとくんファミリーがパフォーマンスをしました。
500人を超す人々に集まっていただきましたのは、正直嬉しいことでした。
お話いただいた4市の市長さんと奈良とのゆかりは、福岡県太宰府市は、「大宰府政庁」が、置かれていたところ。大宰府政庁は「都府楼跡(とふろうあと)」の名で親しまれ、7世紀の後半から、わが国の西の守りとして防衛を、また外国との交渉の窓口として重要な役割を果し、また、万葉集ゆかりの大伴旅人や山上憶良が住み、多くの万葉歌を残しています。
香川県三豊市は、持統天皇が694年に造営した日本で最初の瓦ぶき宮殿「藤原京」へ瓦を供給した瓦窯跡があるところです。
東京都国分寺市は、741年に聖武天皇の詔により建造された全国の国分寺でも最大級の規模を誇る国分寺があったところです。
宮城県多賀城市は、724年に国府「多賀城」が置かれ、東北地方全体を治め、また、奈良時代前半に鎮守府が併置されました。
いずれの市も、奈良とゆかりのある史跡を生かしたイベントなどを実施されています。
2010年には、これらの奈良にゆかりのある市と連携して、大きな祭りを実施出来れば良いなと思いました。
1.東京の情報発信新拠点が見つかりました
東京の三越日本橋本店前の正面のよいところに、奈良の情報を新たに発信する候補地が見つかりました。
中央通りに面しているビルの1階、2階部分で、9月2日に下見に行ってきました。
平城遷都1300年祭を中心とした観光情報の発信、奈良の旬や奈良ならではのホンモノを東京でも味わってもらえる展示・イベントの開催、県産物の販売展示、などを行うつもりです。
平城遷都1300年祭を控えて、本当によいところが見つかってよかったです。
奈良のよい味をハイセンスな東京日本橋で発信、展開していきたいと思います。
2.奈良県戦没者追悼式
例年のごとく、先の大戦でなくなられた奈良県出身の2万9千余柱の戦没者の方々の追悼式が、9月3日奈良県文化会館で行われました。
改めて、先の大戦の残した傷跡の深さと、長さを思い知らされます。遺族の方々が献花されるのをそばで拝見すると、父親であったひとは、ご子息に似た人だったのかなぁと思ったりしますが、父親であった戦没者は、若くして亡くなっておられるので、年をとってからの面影を重ねるのは無理があるとも思ってしまいます。
ある月刊誌で、「新東京裁判」という特集をしています。あのような無謀な戦争が、誰のせいで起きてしまったのか。東京裁判で裁かれていない部分を有識者の方々が議論されています。
奈良県は、2010年には平城京遷都1300年 のお祝いをいたしますが、この1300年の歴史を振り返っても、国外に軍隊を送った例は、白村江の戦いと秀吉の出兵と先の大戦位です。いずれも、惨たんたる結果に終わっています。
戦没者の御霊が、安らかになるためにも、戦争原因の追究は、息長く、じっくりとしていく必要があると思います。
3.奈良県警察官慰霊祭
同じ週、9月5日に、奈良県警勤務中に殉職された方々の慰霊祭が新公会堂で行われました。
明治以降の殉職の方々全ての慰霊ですが、殉職の理由にも時代の変化があるようです。
明治時代から戦前までは凶徒の刃に倒れたという例があるのに対し、戦後は交通事故で亡くなられた方が多くみられます。
公務中に一家の大黒柱を失われたご家族の悲しみが痛いほど伝わってきました。