能修(ノン・シュウ)さんの帰国
能修さんは、中国江蘇省揚州市にある大明寺というお寺の住職さんです。
大明寺は、約1250年前、日本に来られた鑑真和上の出身地です。昨年、鑑真さんの縁で、揚州市と交流を重ねる中で、能修さんが奈良へ海外教育研修員として来られることになりました。
能修さんに初めてお会いしたのは、昨年2月、揚州市の大明寺と鑑真学院を訪問したときです。能修さんは、今回の奈良滞在について、「有縁来縁(ヨウイエン ライイエン)」という言葉を使い、そのきっかけを語っておられます。胡錦濤国家主席が彼に、「あなたのお寺と日本との交流は非常に重要です。特に奈良との関係は大切です」と言われ、来奈を決意したとのことでした。
能修さんはまだ若くて、これからも日中交流のため大活躍されると思いますが、3月18日に研修期間が終了して揚州にお帰りになります。またのお越しをお待ちしています。「再見(サイチェン)」。
青年海外協力隊員が出発に先立ち知事室にお越しになりました(3月18日)
青年海外協力隊は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の事業として、発展途上国での経済協力、国際交流・協力のため、若い人を中心に2年間派遣される人々で、我が国の国際協力事業の中でもっとも評価の高いものです。
奈良県出身者で今回派遣される人は、田上加奈さん(ウガンダ、村落開発普及)、根ヶ山耕司さん(ミクロネシア、水産資源管理)、藪内慎也さん(ジャマイカ、木工)、村上沙苗さん(ラオス、看護師)のほか、シニア海外ボランティアとしての松本秀夫さん(ドミニカ共和国、中小企業育成)です。
発展途上国の現場で「草の根協力」を実践される青年海外協力隊は、海外でとても評判の良い事業です。これまで、87カ国に累積32,500名ばかりの隊員が派遣され、今日現在でも70カ国余りの国に、約2,500人の隊員が活躍中だそうです。 奈良県からは、これまで324名が派遣され、現在活動中の隊員は22名だそうです。全員無事に帰国されますようお祈り申し上げます。

奈良信用金庫から平城遷都1300年記念事業へ寄付をいただきました(3月18日)
奈良信用金庫は、預金募集した定期預金の0.01%相当額を、同金庫のご負担で記念事業に寄付することとされていますが、前回寄付(20年7月、50万円)後、預入額が125億円になりましたので、今回125万円を記念事業のため寄付していただくこととなりました。本当にありがとうございました。このような浄財をもとに、平城遷都1300年祭を立派なものにしていきたいと思います。

阪神なんば線の開通
3月20日から阪神なんば線が開通し、三宮と奈良が一本の線で結ばれました。雰囲気の全く異なる神戸と奈良の往来が便利になることで、相互の交流が飛躍的に増加するように思います。
19日の夜は、大阪でその開通式典と祝賀会がありました。奈良市長とともに出席致しましたが、大勢のお客様の中に懐かしい人たちも来ておられ、旧交を一時温めることができました。
神戸と結ばれることで神戸の方々もたくさん来ておられました。現在、神戸国際観光コンベンション協会の会長の大麻博範さんは、昔、神戸市の空港政策、観光振興政策の分野で仕事をした間柄です。これから、観光交流で相互協力をしていただける方です。有馬温泉、月光園の奥田眞社長にも、久しぶりにお会いできたので、やはり奈良と神戸、有馬がすごく近くなったことを実感しました。
大麻さん、奥田さんは、阪神大震災の時に一緒に復興協力しました。阪神大震災の時、私は運輸省観光部長をしていましたが、奥田さんには、被災者の人々のために有馬温泉を無料開放していただきました。どれだけ喜ばれたことか、今も鮮明に思い出します。本当に長い間会っていなかったのに覚えていてくださり、また、阪神なんば線のおかげで関係が近くなることができ、大変幸せに感じました。

読後感 「巡察師ヴァリニャーノと日本」その2 ヴィットリオ・ヴォルピ著 原田和夫訳
知性の豊かな人が、文化の全く異なる国で体験したことを今我々が知ることができるのは、彼がイエズス会本部へ送った膨大な書面が現在まで保存されているからです。ヴァリニャーノの基本的思想で今日でも有効なのは、「文化適応の思想」でしょう。「郷にいれば郷に従え」、「ローマではローマ人のように」の考え方は、今日のグローバリゼーションの時代におけるローカルな文化との接触の際の基本的考え方に通じるものと思われます。
彼は、この基本的見地に立脚して西洋から来た新しい司祭に、日本語を勉強させ、文化を学ばせ、この国にできる限り自分を適応させていく必要を教え、忍耐を求めました。
「日本人は、決してヨーロッパ人キリスト教徒のようにはならない。彼らは常に独自のキリスト教徒であり続けるだろう」と言ったといいます。自分の流儀を押し通すフランシスコ派修道士と対照的だったといわれます。そういえば、21世紀に米国の宗教保守派が押し通したグローバリゼーションもフランシスコ派の流儀に似ているかもしれません。
当時の日本の宗教事情も、彼等の報告から見るとおもしろい面があります。
例えば、キリスト教への不服を申し立てに行った仏僧に対し、徳川家康は彼等の抗議を聞いた後、「日本にはいくつの宗教があるのか」という問いに、僧侶は、「35ございます」と答えました。すると家康は、「それでどうしたのじゃ。36になるのがなぜ心配なのか」といいました。
これは、日本人の宗教観、相対的な物差しで見る見方を表しています。
あるいは、ヴァリニャーノに秀吉が会ったときは、「ようこそ、お出ましを、神父様」と大声で言った後、「ボンディア(こんにちは)」とポルトガル語を続けたとか。マルコポーロが、「東方見聞録」の中で日本をジパングと表現したのは、中国語の読み物の中で、日本を「ジー・ペレ・クォ」と発音されていたのを借りたとか。歴史の逸話を発見することができるのも、このような文献のありがたいところです。
大きな知性が日本を訪れると、我々が自覚しない日本と日本人を発見してくれるのだと思いました。
(あらい)
五嶋みどりさんのコンサート
3月9日に、世界的なヴァイオリニストの五嶋みどりさんが、奈良女子大学創立100周年を記念して、同大学の記念館でコンサートをされました。
お忙しい五嶋さんが、奈良までお越しになって演奏していただくことは、夢のようなことですが、ピアノの重奏を中心に気合いを入れて演奏してくださり、大きな感動を与えていただきました。演奏は、本当にすばらしいものでした。このような会を実現してくださった関係者の皆様に、心から感謝を申しあげます。

阪神タイガース真弓監督が信貴山に来られました
近鉄・阪神が3月20日に直通化されましたが、甲子園が近くなることと、信貴山朝護孫子寺のシンボルが寅であること、さらには来年は寅年であることなどの事情が重なり、3月12日に阪神球団の代表、監督が信貴山にお参りになられました。
地元の者として信貴山まで表敬に伺い、今年のペナントレースのご活躍を期待している旨、お伝えしてきました。
かつては、近鉄パールズ(バッファローズ)、南海ホークス、阪急ブレーブスが、奈良から見て近くの球団でしたが、今は、阪神タイガースが最も近い球団となりました。真弓新監督のもと、大活躍されるよう期待しています。
京奈和自動車道・大和北区間の一部事業化を決定していただきました
京奈和自動車道でまだ着工していなかった区間の内、郡山ICから奈良市へ入る部分について、3月13日に国土交通省により新規事業の採択がされました。金子国土交通大臣をはじめ、これまで事業化に向けて努力されてこられた関係者の並々ならぬご尽力に、改めて深く感謝申しあげます。
京奈和自動車道は、道路の整備が遅れてきた奈良県にとって、本当に大事な南北を貫く大幹線です。一日も早い開通が待たれています。
読後感 「巡察師ヴァリニャーノと日本」その1 ヴィットリオ・ヴォルピ著 原田和夫訳
ヴァリニャーノは、信長・秀吉・家康の時代、イエズス会から派遣されて日本に来た宣教師です。フランシスコ・ザビエルの後継者にあたります。
彼は、マカオ、ゴアなどポルトガルの植民地に滞在しながら、日本には3度布教に訪れ、信長・秀吉・家康にも直接会見しています。当時の日本の様子がよくわかるのも、彼か同僚の宣教師が、イエズス会の本部に詳細な報告を送っているからです。
ヴァリニャーノはイタリア人ですが、地球の東半球の布教と貿易の独占権を得たポルトガルのイエズス会のもと東洋に派遣され、アジアに30年以上滞在、祖国に戻ることなく、マカオで没しています。
彼は、今やイタリア・ルネッサンスの偉大な天才の一人とも見なされています。特に、理解し合うことなど不可能だと思われる状況の中で、「異国の文化を尊重し、共存し、お互いの価値を交換し豊かになることのみが、人類の未来を保障する」と信念を持ち、粘り強く人に勧めながら、自らも実践に努められました。実践は、民族間、宗教間の対立が顕著な今日では、より大きく光り輝くように思えます。
「異国の文化を尊重する」と言っても、特に超越神イエスの教えを広めるために来た国で、そのような神の存在を認めない人々の文化を尊重することはとても困難なことだったと思われます。
布教先の国の文化を尊重しつつ、キリスト教の教えを見失わないとする彼の姿勢が、ローマカトリック教会で認められるまで、その後400年を要したそうです。

(あらい)
柳仁村(ユ・インチョン)韓国文化体育観光部長官のご来県
柳(ユ)長官は、東京で日韓観光担当大臣会談等の後、3月6日(金)大阪で関西の人々とのパーティを催され、翌日韓国へ帰国になる日に、わざわざ奈良へお立寄りになりました。せっかくの機会ですので、ご同行させていただき、少しの時間ですが親しくお話しをさせていただきました。
柳(ユ)長官は、韓国では有名な俳優です。数々の映画に主演された他、20年間も連続して放映されたテレビドラマにも出演されていたそうです。ハンサムで、もの腰柔らかく、人をそらさない気遣いをされる方でした。奈良では法隆寺を訪問になり、その後昼食をご一緒してから、関西空港へ向かわれました。
奈良の文化歴史はやはり、韓国とゆかりの深いものがあり、平城遷都1300年祭では、古代の韓半島との交流の様子が生き生きと映し出されるようになればいいと思っていますが、文化担当長官でもある柳(ユ)さんのご来県で現在の文化交流が奈良との間で進むようになることを願いました。

県会の代表質問が始まりました
3月5日(木)と6日(金)には、2月県会の代表質問がありました。2日で6人の質問者の方が1人40分の持ち時間で質問されます。前日には、職員が用意した答弁資料に、多少夜遅くまで手を入れ、当日午前中に答弁資料のチェックを関係部局長と行います。午後1時から始まり、3人の方の質問をお受けし、答弁すると終わるのが概ね5時20分ごろになり、これが2日間続きます。質問は日頃の議員の方々の見聞や勉強に基づいてなされますので、示唆に富んだものも多く、こちらも精一杯受け答えするよう努めているところです。いつも勉強になることも多々ありますので、感謝しています。
読後録 『平城京遷都 女帝・皇后と「ヤマトの時代」』 千田 稔著
平城京を最後の都として、それまで奈良盆地を政治の中心地とした「ヤマトの時代」と、当時の女帝を中心人物としながら、時代の構造を解こうとする大変おもしろい本でした。
「ヤマトの時代」は、海外の諸地域から文化を取り入れるのに多大なエネルギーを費やした時代で、それ以降の内向的で国民意識が薄れていった平安時代とは一線を画します。以降、内向的な国家経営は明治時代まで続きました。
「ヤマトの時代」は、「天皇」という称号を創案しました。中国の存在を意識しながら中華帝国を標榜する何と大胆な国家意識でしょう。明治政府の構造に影響を及ぼした大宝律令や養老律令が目指した律令制に基づいた中央集権国家が構築されました。国際感覚豊かな国家戦略だったんでしょう。
そして、推古、斉明(皇極)・持統・また元明・元正・称徳(孝謙)の女帝も「ヤマトの時代」の編み出した政治手法とはどんなものか?この時代を育んだ女帝と皇后達を軸として古代日本が思い描いた国家戦略を記述する本著は実に味わい深い本でした。

(あらい)
2月定例県議会が開催されました
2月27日(金)県議会の開会にあたり、冒頭挨拶と議案の提案理由説明を行いました。来年度予算の内容、考え方を比較的詳しく申し述べるのが常ですが、最後に、先人の気概に習うというという意味で2つの話を挿入しました。
ひとつは、宇和島藩の幕末の藩主、伊達宗城(だて むねなり)の話です。黒船を見て「これからは黒船の時代だ、俺もあんなものを作ってやろう」と考えたと言います。そして、驚嘆すべきことに、薩摩のような大藩にほとんど遅れることなく三年で蒸気船を造り上げたとのことです。
もうひとつは四十年前にパーソナル・コンピュータという言葉を使い始めた最初の人で、パソコンの父と呼ばれているアメリカの科学者アラン・ケイの言葉です。「未来は予想するものではなく、創るもの」。受身ではなく、自らが未来を創っていくという主体性が見事に言い表されていると思います。私は、そうした先人の気概に大いに習いたいと考えています。

情報広報戦略セミナーで講話をしました
その昔、運輸省広報室長時代、CI戦略と広報戦略を実行したことがあります。その時作った資料をもとに講話をしましたが、今でも通用するフレーズが沢山ありました。
例えば、「運輸省の行政が国民によく理解され、信頼され、親しまれるものになることを目標としています。」や、「運輸省は、CI活動を通じて運輸省の将来の役割と行政の対応姿勢を探求し、国民の期待により多く沿った行政を展開できるようにすることを願っています。」などですが、これらは運輸省を奈良県庁、国民を県民に置きかえるとそのまま今の時代、奈良県庁にもあてはまります。職員に広報の重要性が認識され、県政が県民に理解されるようになることを期待します。
奈良という地域で良い情報がもっと環流し、県民も適切な情報が常に入手するできるようになればと思います。

奈良高専との協働連携に関する基本協定を調印しました
25日(水)に奈良高専と連携協定を締結しました。協定の内容は、研究開発の促進に関する事項、県内企業の技術力向上に関する事項、ものづくり人材の育成に関する事項などですが、連携を通じて元気のある県内企業が増加し、ものづくり力が向上することによって、県内の人材がもっと奈良で働けるようになることを願っています。

奈良県地域就職支援センターを視察しました
同じく25日(水)に、ハローワーク機能を併設した「奈良県地域就職支援センター」がオープンし、視察に行ってきました。私も試しに、求職のパネルを実際に使ってみました。タッチパネルで大変使い易いので驚きましたが、求人元に大阪府、京都府の企業が多いのにもびっくりしました。「奈良の企業がもっと求人してくれるようにならないといけないな」と、つくづく思いました。

企業立地基本計画の同意書を交付していただきました
27日(金)に近畿経済産業局長の平工(ひらく)さんが県庁までこられて、企業立地基本計画の同意書を交付していただきました。企業立地基本計画は、企業立地促進法に基づき、地域毎にその強みと特性を踏まえた産業集積の形成を図るために策定するもので、本県では、県、県内38市町村(明日香村を除く)及び関係団体で策定し、国の同意を得るため関係省庁と協議していたのです。
平工局長とは、そのとき少しの時間、懇談させていただき、奈良の経済活性化について意見を聞きました。とにかくどなたでも、智恵を貸していただける人は神さま仏さまです。
今月の同意書も含め、平工局長はじめ経済産業省の方々の日頃のご厚情に感謝を申し上げます。

読後録 「訓読みのはなし」 漢字文化圏の中の日本語 笹原宏之著
中国で生まれた漢字を受け入れ、それを固有語である大和言葉で読んだことが、日本で訓読みの始まりとか。漢字は悠久の昔、中国の地に生まれ、東アジアの各地で受け継がれたが、日本ではさまざまな工夫が花開き、他の漢字圏には見られない漢字文化が実を結んだということです。
訓読みとは、ご存知のように「山」の字の例で言うと、中国では「サン」と発音(音読み)されmountainの意味だが、日本では音読みの他、mountainを意味する固有の言葉「やま」とも読まれる(訓読み)ことを指します。
おもしろいのは「国」という漢字には、「くに」という和語が訓読みとして定着しているが、音読みでは「コク」となっている。ところが漢字「国」の発音は中国北京では「グオ」、韓国では「クック」、ベトナムでは「クオック」となっており、大変似かよっている。これは漢字がそれぞれの国に伝わった唐代前後の中国の都での発音を元にしているからだそうである。
また、「国」という漢字を日本のように「国」というように訓読みするのは、現在の韓国や北朝鮮、ベトナムでは原則として行われていません。訓読みが定着したのは漢字圏では日本だけ。なんと不思議なことでしょう。そのほかもおもしろい例が満載されていました。
(あらい)