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ふるさと奈良への便り
 
   二十七歳の八月、奈良を残し東京に出てきた。五條市に住みながらマンガを描き続けてきたものの、時代の流れが変わり、かかわっていた大阪の出版社が潰れてしまったからだ。
 プラットホームで見送る父と母。初めての光景だった。「だめなら帰っておいで」の父の言葉をあとに、トランク一つで旅立った。これが奈良との別れでもあった。場所が変わるという事は、別れを意味すると後々知った。
 毎年夏には川およぎをしていたボクは、東京に来ても泳げる場所をと、池袋のマンモスプールのそばに住んだ。だがプールの水は馴染めず一回でやめた。
 東京に住みついて間もなく、雑誌の連載で多忙の渦に巻きこまれていった。いろいろなタイプの作品を描き続けていった。気付けば奈良の有り様(ありよう)が作品のもととなっていた。
 「人形少女」「へび少女」「猫目小僧」、中でも「イアラ」はまさに奈良とリンクする。
 大仏建立とともに登場する男は、時を超えて生き続ける。遷都一三〇〇年男は生き続ける。近未来、死なない男は更に生き続ける。そこでボクは気付く。男は大仏そのものだ!!謎を残したまま描いた作品に、今その答えを見つけ出した。
 奈良。永遠であれ。
 
 

 

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