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奈良むかしばなし

 吉野郡天川村の龍泉寺。その境内の龍の口という泉に伝わるお話。
 昔、龍泉寺で修行しながら寺で働く男が、村はずれの小屋に一人で住んでいた。ある日、小屋に帰ると、若い女が立っていて、「ひと晩泊めてください」といった。親切な男は、女に粥(かゆ)を与え、ゆっくりと休ませた。
 次の日、女は男より早く起き、朝飯の支度をしていた。次の日も、その次の日も。やがて二人は夫婦になり、かわいい男の子も生まれた。
 男がいつもより早く帰った時、女は困った様子で「子供にお乳を飲ませたり、添い寝をする姿を見られるのが恥ずかしいので、帰ったよ、と声をかけてください」と男に頼んだ。
 ところが、ある日、男が黙って小屋に入った。すると、何と、大きな白い蛇が赤ちゃんに添い寝しているではないか。「実は、私は龍泉寺の龍の口に住む蛇です。私の正体を見られたからには、もう夫婦でいられません。お寺の泉に帰ります。子供が泣いたら、これをなめさせてください」と自分の目玉をくりぬき、小屋を出て行った。
 子供はその目玉をなめてすくすくと育ったが、とうとうなめ尽くし、またお腹をすかせて泣いた。すると龍泉寺の龍の口から白い蛇が現れ、もう片方の目玉を子供に与えた。「私は、両目ともなくなりました。どうか、朝と夕にお寺の鐘を鳴らしてください。その音を聞いて、二人のことを思い出します」といい、泉の中に消えた。男は、その後、朝夕、龍泉寺の鐘を鳴らし続けたそうだ。


 と、ここまで物語を辿(たど)ってきて、「あれっ」と気づかれた方も少なくないと思う。そう、琵琶湖の南にある有名な三井寺にも、よく似た話が「三井(みい)の晩鐘(ばんしょう)」として伝わっている。
 琵琶湖の龍神の化身である女が、わが子に目玉を与えて盲目となり、琵琶湖に消える時、「鐘の音で無事を知らせてください」と、男に頼む話。
 天川村の龍泉寺の鐘も、湖南の三井寺の鐘も、子供を思う母の心を、今も哀しく響かせ続けている。

 
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