「仁王さん」で知られる御所(ごせ)市伏見(ふしみ)の菩提寺(ぼだいじ)。今も山門に、約三メートルの大きな阿形(あぎょう)、吽形(うんぎょう)の二体の仁王さんがおられる。
仁王さんは、お寺を守る、いわば、ガードマン。お顔は恐ろしい忿怒(ふんぬ)の形相で、手には金剛杵(こんごうしょ)とよばれる武器を持つ。そんな仁王さんにまつわるお話。
※
昔、伏見の仁王さんのところへ、「とんど」という悪いやつが来ては、いたずらをして困らせていた。
あるとき、そのとんどがまたやって来た。仁王さんは「とてもかなわん」と、逃げ出した。とんどはあとを追って来た。とうとう追い詰められた仁王さんは、とっさのこと、そばにあった一本の木によじ登った。
やっと追いついたとんどは、その木のちょうど下にあった井戸の底を覗(のぞ)き込んだ。水に映っていたのは、仁王さんの姿。それを本物の仁王さんと思ったとんどは、井戸の中に飛び込んだ。仁王さんは「これ幸い」と、木から降りてその井戸を急いで埋めてしまった。
それからというもの、伏見では、井戸を掘るととんどが出ると、井戸を掘らなくなった。小正月に「とんど」をしない習慣が今も続いている。
「とんど」は、その小正月に正月の門松や注連(しめ)飾りを持ち寄って燃やす火祭りの行事。菩提寺は南北朝時代の戦火で一度焼失した。仁王さんが火を怖がるのはこのためとも。
※
菩提寺は、寺伝によれば、奈良時代の行基(ぎょうき)の創建で、かつて子院(しいん)は三十七を数え、広大な寺域を占める大寺院であったらしい。今の本尊十一面観音像は平安時代後期の作。山門の仁王像は室町時代の作といわれる。大師堂(だいしどう)には古い仏像も多い。
金剛山地の中腹にある伏見は、緑の山並みを背に、北東に大和三山、遠く東に高見山を望むのどかな山里。大自然の豊かさ、歴史の奥深さから、菩提寺の檀家(だんか)総代で寺を管理する前川博さんは「大和の隠れ寺。ぜひ訪れて」と語る。
|