大和上市から、国道169号線を南へ走り、吉野の山を奥へ奥へと分け入る。
どこまでも続く杉の美林と、迫り来る緑の山々。時に天を刺すひときわ険しい山に驚き、また眼下を流れる吉野川の巨岩奇岩やエメラルド色に澄んだ流れに感動し、車は吉野郡川上村柏木へ。
吉野川の対岸の神之谷(こうのたに)、緑深い山の中腹に、金剛寺がある。
寺伝では、白鳳(はくほう)時代、修験道(しゅげんどう)の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)の草創という。今の本堂は江戸時代の再建。この金剛寺のご本尊が木造地蔵菩薩立像(ぼさつりゅうぞう)。今回は、このお地蔵さまにまつわるお話。
昔、役行者が、吉野の金峯山(きんぷせん)に籠り、濁世(じょくせ)の衆生を救う尊像を造りたいと諸仏に祈願した。満願のその日、お地蔵さまの尊像が出現された。だが、役行者は、こんな柔和で優しいお顔やお姿では、世の人々は救えないと、その尊像を、遥か向こうの谷へ投げてしまった。
ところが、のちに、役行者は暗夜に光明の輝くのを見、神之谷へ来てみた。するとそこには何と、谷に投げたお地蔵さまが、大岩の上に立っておられるではないか。
役行者は喜び、そのお地蔵さまのお姿を石楠花(しゃくなげ)の大木で丹精込めて刻んだ。そして本堂を建て安置した。この像は「投げ地蔵」とよばれ、今も、金剛寺本堂の内陣、厨子(ずし)の中に秘仏として安置されている(8月23、24日に開扉)。
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ところで、本堂へ上がる石段の左手に、驚くばかりの巨木がある。盛り上がった何本もの大きな根は苔に覆われ、周囲六メートルを超す太い幹にも空洞が目立つ。木はケヤキ。推定樹齢八〇〇年。(「奈良県の巨樹」で検索してね)
老樹とはいえ、今も健在だ。
枝は八方に延び、緑の若々しい葉は天を覆うように繁っている。そのみずみずしさ、力強さ、生命力はやっぱり凄い。
秋、葉は黄色く黄葉する。この巨樹の、見事な黄葉を想像してみる。役行者が谷あいに見た地蔵菩薩の光明も、このケヤキの巨樹の黄葉のように、金色に輝いていたのだろうか。 |