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舟型光背を背に立つ「油掛け地蔵」。高さ約60センチ。子どものクサを治す地蔵として信仰されてきた。地蔵の前には南北に通る太子道。 |
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2月11日夜に行われる「子出来おんだ」の祭。五穀豊穣を祈るとともに、赤ん坊の誕生を喜ぶユニークな祭り。 |
| 大和盆地のほぼ中央、川西町。広々とした田んぼが続く中、十字路の脇にぽつりと「油掛け地蔵」が西向きに祀られている。200年ほど前、泥田の中から引き上げられたものという。 ある村人が、お地蔵さんの泥を落とそうと、水をかけ、タワシで洗った。「ああ、きれいになった。さぞお喜びだろう」。 ところが、その夜、村人は腹痛で苦しみだした。家の者が心配したが、思い当たるのはお地蔵さんを洗ったことだけ。お地蔵さんは怒っておられるのか。 村人はさっそくお地蔵さんをもとに戻そうと、泥を塗り、油をかけた。すると、腹痛はうそのように治った。 その後、子どものクサ(できもの)で困っていた母親が、このお地蔵さんの油を子どものクサにつけて祈ると治った。それからは、クサを治す地蔵として信仰されている。今も、花や水が供えられ、黒光りするお顔に掛けられた油もまだ新しいようだ。造立は室町時代の大永3年(1523)という。 この地蔵の横、南北一直線に走る道は、「太子道(筋違い道)」とよばれる。かつて、都が飛鳥にあった時代、斑鳩宮に住んでいた聖徳太子が、公務のために愛馬に乗って往復した道といわれる。 2月4日は立春。暦の上では春となり、野や山で新しい命が芽生える。 2月11日の夜、六県神社で行われる「子出来おんだ」の祭。五穀豊穣を祈るお田植祭だが、ユニークなのは、安産祈願も加わること。昔はお産で命を失う母子も多かった。 神事や所作のあと、農家の妊婦が、夫の働く田へ行った時、急に陣痛が始まるという場面。 着物の腹に小太鼓を入れて妊婦に扮した厄年の男性が、小太鼓を放り出して安産だったことを表す。夫はそれを拾ってぼんと打ちながら「ぼん(男児)ができた、できた」と喜ぶ。見物人はどっと笑う…というものだ。 笑いの向こうから、春がやって来る。油掛け地蔵に射す淡い光も、どこか春めいて優しい。 |
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川西町教育委員会事務局 社会教育課
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0745・44・2211
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