県政だより奈良

奈良のむかしばなし
 
ならのむかしばなしタイトル

イラスト

亀石
川原寺跡の西、畑の中の道沿いにある亀石。川原寺の四至(所領の四方の境界)を示す標石ではないかという説もある。

春を迎えた明日香
春を迎えた明日香。れんげや菜の花が咲き、夢のような時間がゆったりと過ぎていく。

 明日香(飛鳥)には、不思議な形をした石造物が多数ある。製作年代も用途も分かっていない。「猿石」「鬼の雪隠(せっちん)・俎(まないた)」「酒船石(さかふねいし)」「二面石(にめんせき)」……と、名前を聞いただけでも想像力をかきたてられる。
 そんな中の1つ、川原(かわはら)の地にある「亀石(かめいし)」。亀がうずくまっているような格好から、この名があるのか。といっても、顔は、亀より蛙(かえる)に近く、甲羅の模様もない。だがなぜか、遠い昔からこう呼ばれ、この場所にあったという。この奇妙な石にまつわるお話−。
 昔、大和盆地がまだ大きな湖沼(こしょう)だったころ、ここにたくさんの亀が棲(す)んでいた。ある時、「自分たちこそが大和の主だ」と、お互いに主張する當麻(たいま)の蛇と、川原の鯰が、争いを始めた。湖沼の支配権をめぐるこの戦いは、蛇、鯰とも、一族の命運を賭ける熾烈(しれつ)な総力戦となった。
 やがて、蛇が勝利した。蛇は湖沼の水をすべて當麻に移してしまった。負けた鯰の住む川原は水が涸(か)れて、からからに。
 とんだとばっちりを受けたのが、この地に棲む亀たちだ。水がなくては生きていけない。地表におびただしい数の亀の無残な姿があった。この亀たちの霊を供養しようと造られたのが、亀石という。
 今も、南西を向いている亀石が、もし西を向いて當麻の方向を睨(にら)めば、一帯はまたもとの湖沼に戻ると伝えられている。

 亀石に限らず、明日香に点在する多くの謎(なぞ)の石造物には、それぞれユーモラスな伝承や自由な解釈がある。
 だが、それより何より、日本誕生の古代史の舞台である明日香そのものが、今も多くの謎を秘め、人々に多彩な夢とロマンを誘っているのだ。発掘が続き、今後も歴史の真実が明かされるであろう。
 今年1月、その明日香と藤原宮跡を中心とする地域が、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」として世界遺産候補の暫定リストに記載された。登録されれば、県内で4番目となる。


川西町へは…

問
明日香村総務課
TEL
0744・54・2001

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