県政だより奈良

 
ならのむかしばなしタイトル
(たじまもりとたちばな)

イラスト

垂仁天皇陵
垂仁天皇陵といわれる大型の前方後円墳。その周濠の中に田道間守の墓と伝える小塚がある。(写真提供:奈良市観光協会)

橘(みかん)
初夏に咲く橘(みかん)の清楚な白い花。爽やかな甘い香りがあたりに漂う。

 奈良市尼辻西(あまがつじにし)町に垂仁(すいにん)天皇陵といわれる大きな古墳がある。全長227メートルの前方後円墳。周囲を満々と水をたたえた濠(ほり)がめぐり、墳丘の緑濃い森が水面に黒く影を落としている。その壮大さ、美しさ、陵墓としての堂々たる風格は、まさに見とれるばかりである。
 その周濠(しゅうごう)の中に、ぽつりと小さな島が浮かんで見え、田道間守(たじまもり)の墓と伝えられている。この小塚にまつわるお話−。

  ある時、垂仁天皇は田道間守を召して、常世(とこよ)の国にあるという不老不死の妙薬、「非時(ときじく)の香菓(かくのみ)」を採ってくるようお命じになった。
 彼は、10年の長い旅の末、ついにその実を持ち帰った。ところが、あろうことか、天皇はすでにお亡くなりになっていたのだ。彼は嘆き悲しみ、その実を天皇のお墓の前に供えた。そして「この通り、仰せの実を採って参りました。どうぞご覧ください。」と泣き叫びながら、とうとう死んでしまったという。

 この話は、古く『古事記』『日本書紀』に記されている。常世の国は、古代の人々が海の彼方にあると考えた神仙境(しんせんきょう)のこと。非時の香菓は、常によい香りを放つ木の実のことで、「橘(たちばな)なり」とある。
 『万葉集』にも橘は多く詠(よ)まれ、「橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見が欲(ほ)し」と、橘の花と実をいつまでも見ていたいと大伴家持(おおとものやかもち)も歌っている。
 初夏に五弁の白い清楚(せいそ)な花を咲かせ、ことに香りがいい。実は、酸味が強く食用には不向きらしい。
 橘は、みかんの仲間。今、明日香や山の辺の道にたくさんあるみかん畑でも、その花の甘く爽(さわ)やかな香りは格別。風の方向によっては、遠くからでもそれと分かるほどだ。
 薫風(くんぷう)の5月、透明な光の中を昔話の道をゆったりと散策するのも楽しいかもしれない。夢を古代に遊ばせながら。



垂仁天皇陵へは近鉄橿原線尼ヶ辻駅より西へ約200m。田道間守の墓は陵墓の南東に浮かぶ。
みかん畑は天理、桜井、明日香などに多い。花は5月中旬ごろ。
垂仁天皇陵へは…


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