県政だより奈良

 
ならのむかしばなしタイトル
(すてしのいけのひとつめがえる)

イラスト

垂仁天皇陵
大和高田市奥田に、修験道の開祖、役行者の母刀良売が住んでいたという。その墓とされる五輪塔に、山伏らは蓮の花を献じる。

橘(みかん)
捨篠池で行われる「蓮取り行事」。蓮取り舟が出て、山伏の法螺貝(ほらがい)の音が響く中、蓮の花が切り取られていく。池畔(ちはん)は見学者で賑わう。

 吉野山の金峯山寺蔵王堂(きんぷせんじざおうどう)で7月7日に行われる「蓮華会(れんげえ)」。「蛙(かえる)飛び」の名で親しまれているが、本来は蓮華(蓮(はす)の花)を仏に献じる行事である。その蓮華が、実は、蓮の里として知られる大和高田市南部の奥田から納められている。 
 ここは、奈良時代に吉野山で修験道(しゅげんどう)を開いた役行者(えんのぎょうじゃ)の母、刀良売(とらめ)が住んでいた地といわれる。

 昔、昔のこと。ある朝、刀良売が池のほとりを歩いていると、どこからともなく音楽が聞こえ、あたりの朝露(あさつゆ)も5色に光り、まるで極楽のような美しさであった。
 池の中から1本の蓮の茎がするすると伸び、花が開いた。その上には金色(こんじき)の蛙が1匹、まばゆいばかりの姿でとまっていた。
 刀良売はすっかり心を奪われ、池の岸に生えていた篠(しの)を1本抜き、何気なくひょいと投げた。と、篠は蛙の目に刺さったのだ。
 すると、今までの様子がすっかり変わった。あたりは暗くなり、蓮の花はしぼみ、音楽は消え、蛙は片目に篠を刺したまま、池の底へ潜ってしまった。
 しばらくして、あたりは元の明るさに戻った。だが池から出てきた蛙は、泥色の1つ目蛙であったという。それからというもの、池は捨篠池と呼ばれた。刀良売は、その後、このことを悔いながら亡くなった。子の役行者は、お堂を建てるなど母と蛙を手厚く供養をしたと伝えられる。

 蔵王堂で行われる蓮華会の朝、奥田の捨篠池(弁天池)では、蓮取りの舟が出て、蓮が切り取られていく。
 蓮華は桶(おけ)に入れられ、善教寺(ぜんきょうじ)に集まった山伏(やまぶし)(修験者(しゅげんじゃ))らに担がれながら、福田寺(ふくでんじ)の行者堂、刀良売の墓に詣でて蓮華を献じたあと、捨篠池すぐ横の弁天神社に戻って護摩(ごま)法要を行う。そして蔵王堂まで108本の蓮華を運び、蓮華会に合流するのだ。古式ゆかしく、清らかで厳かな行事である。
 奥田の蓮取りは、金峯山寺蔵王堂で行われる蓮華会の一連の行事として、平成16年、奈良県無形民俗文化財に指定された。



垂仁天皇陵へは…


問い 大和高田市文化振興課
tel 0745・53・8200
url

www1.kcn.ne.jp/~sazanka/bunkasin/hasu.htm




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