奈良県教育委員会
  教育長 矢和多 忠一 様

         教育改革のための新たな提言

 奈良県教育懇談会(以下、「懇談会」という。)では、地方分権時代における奈良県にふさわしい教育の在り方を求めて、平成12年9月1日以来、これまで21回の会議を開催し、建設的かつ率直な討議を進めてきました。
 この度、第18回から第21回懇談会の討議を踏まえて、次のとおり新たな提言をいたしますので、施策化に向けた取組をお願いしたいと存じます。


                      平成18年1月23日

                        奈良県教育懇談会
                          会長  杉 村  健


〈提言:子どもの社会性の育成に向けて〉

 近年、社会性や規範意識の低下を憂慮する声が増加している。公共の場におけるマナーの低下が目につき、人に迷惑をかけていることについて無自覚な姿も見られる。また、自分にとっての「快不快」の判断基準を道徳や規則より優先させたり、「恥」を意識せずに、自分たちの仲間だけのルールで行動したりする傾向がある。コミュニケーション能力等の不足から人間関係がうまく築けず、学校及び社会生活の中でトラブルを起こしたり、自分の中に閉じこもったりする人も増加している。

 このような状況は、なぜ生まれたのであろうか。その要因として、経済的な豊かさと価値観の多様化をあげることができる。経済的な豊かさを求める生き方は、物質的な価値や快楽を追求し、個人の利害や損得を優先し、利便性や効率性を過度に重視する風潮を生み出した。価値観の多様化は、自分は自分、人は人といった生き方を助長し、他人にアドバイスしたり、他人から干渉されたりすることを嫌う人を増加させた。その結果、地域における相互扶助力が低下し、家庭における人間関係も希薄になった。そして、社会生活におけるマナーや、ルール等を守ることの大切さが教えられなくなってしまった。
 学校においても、保護者や子どもを含めて、子ども中心主義が誤った形で解釈されたり、自由や個性が拡大解釈されたりしたことにより、個人の権利が声高に主張されるようになった。加えて一部のメディア等による、偏った、あるいは過熱した、学校や教員に関する報道は、教員を萎縮させるとともに教員不信の風潮も生みだし、教員の子どもへの影響力を低下させてしまった。
 本来ならば、身をもって、社会において守るべき規範や価値について教えるべき場面で、保護者も教員も地域の大人も、自信をもって子どもたちに規範や価値を語ることができなくなってきている。このような状況にあって、子どもたちが社会人としての自覚や社会生活の基本を身につけることは、大変難しくなっているのである。

 教育基本法では、教育の目的として、個人の人格の完成と平和的な国家及び社会の形成者としての国民を育成することをうたっている。この2つの目的は対立するものではなく、その両面から自己を確立していくべきものである。しかしながら、戦後の日本の教育は、「国民の育成」については全般的に消極的であった。これまでの学校では、「自分の将来のために学びなさい」と教えても「よい社会人になりなさい」という教育については、知育ほどには具体的な形で十分に取り組んでこなかった。
 教育は本来、子どもたちに教科等の知識、技能を修得させるだけでなく、国家・社会の形成者を育成する責務を担っている。それゆえに、子どもたちに、個人の尊厳や基本的人権を教えるとともに、権利は相互尊重のうえに成り立つものであり、権利と義務、自由と責任は、表裏の関係にあることを教え、自覚させなければならない。学校は、子どもの社会的自立を促すことを教育目標として明確に掲げ、自分自身を律する、他人を思いやる、社会規範を守るといった、社会生活の基本を身につける教育を行う必要がある。

 子どもの社会性を育成するに当たっては、子どもの発達段階に応じて達成すべき課題を具体的に設定し、実践的に指導することが重要である。言葉によって教条的に教えるだけでは、単なる知識にとどまり、日々の生活での実践につながるようにはならない。知っていることを日常の実践につなげていくためには、学校や地域社会において、子どもが自らの多様な体験によって義務や責任等を学んだり考えたりすることのできる環境をつくりだすことが必要である。
 奈良県教育懇談会が考える、社会性を身につけた子どもの姿の例を次に示す。

  ┌──────────────────────────────┐
  │ ○社会性を身につけた子どもの姿               │
  │  ・礼儀正しく節度のある子ども               │
  │  ・思いやりと感謝の気持ちを示すことができる子ども     │
  │  ・規則を尊重し、守ることのできる子ども          │
  │ ・友だちと協力し合って物事をやりとげることができる子ども  │
  │  ・自他の生命を大切にする子ども              │
  │  ・責任感のある子ども                   │
  │  ・正と不正を判断し、正しいことを行うことができる子ども  │
  │  ・他人や社会のために行動できる子ども           │
  │  ・自国及び他国の歴史・文化・慣習を尊重できる子ども    │
  └──────────────────────────────┘

 以上のような認識を踏まえて、奈良県教育懇談会では、以下の提言をします。


 ◎県教育委員会へ
  ◇幼・小・中・高校の発達段階に応じた、社会性育成プランを示す。
  ◇法規範、金銭・消費等に関する教育のプランを示す。

 ◎学校へ

  ◇社会性の育成に向けた具体的な教育を推進する。
   ・あいさつや言葉づかい等のソーシャルスキル教育(※1)の実施
   ・ボランティア活動への参加推進
   ・各校種間での交流推進
   ・上級生と下級生の合同による宿泊訓練等の実施
  ◇法規範、金銭・消費等に関する具体的な教育を推進する。
   ・法律関係者、警察官、経済人等のゲストティーチャーを活用する。

◎市町村教育委員会へ
  ◇保護者や地域社会と連携し、子どもの社会性を育成するための行事
   等の企画、運営を推進する。

   ・小・中学校と、保護者、地域社会の連携を支援、推進する。
   ・保護者等がゲストティーチャーとして小・中学校の授業に参加するこ
    とを推進する。
   ・地域社会を中心として、大学生や高校生をサポーターとした上級生、
    下級生合同による通学合宿(※2)等の事業の企画、実施を推進する。

◎保護者・地域社会へ
 ◇子どもの社会性を育成するために、学校教育活動や地域行事等の企画
  や運営に積極的に関わろう。

   ・ゲストティーチャーや学校サポーターとして学校教育活動に積極的に
    協力しよう。
   ・地域奉仕活動、異年齢集団活動等を企画、運営し、子どもを積極的に
    参加させよう。


   (※1)ソーシャルスキル教育
    良好な人間関係をつくり、保つための知識・技術等を、ロールプレイ
   等の手法を利用し、身につけさせることを目的とした教育
   (※2)通学合宿
    地域の施設に泊まり、一定期間、寝食を共にしながら学校に通う活動。
   活動の中心は食材の買出し・食事作り・掃除・洗濯等の生活体験を共同
   で行うこと。