Ⅰ.古代の人々が紡いだ物語

第一章では、『古事記』の名場面を、「創」「旅」「愛」という3つのキーワードで厳選。個性あふれる登場人物(神々)を、美術作品とともに紹介していきましょう。

天の岩戸 曙光
[絹谷幸二 平成24(2012)年]
展示期間:10/18〜12/14

天の岩屋から姿を現した瞬間の天照大御神の姿を美しく描き上げている。世界に光が戻り、神々の顔を照らしている。背後には太陽が輝き、周囲にはユリの花が舞っている。天照大御神の出現を喜ぶ神々の声が聞こえてくるようだ。大御神が手にしている剣は草薙の剣であろう。大御神を岩屋から連れ出す為に用意された八尺鏡に、大御神の顔が映っている。
絹谷幸二は奈良市出身の洋画家。東京芸術大学名誉教授。イタリアでアフレスコ技法を学び、明るい色彩と空想性に富んだ作品で知られる。この作品は、古事記編纂1300年にちなみ、『古事記』を題材に制作された連作の内の一点。

黄泉比良坂
[青木繁 明治36(1903)年 東京藝術大学大学美術館蔵]
展示期間:11/18〜12/14

火の神を生み焼け死んだ伊耶那美命を黄泉国まで迎えにきた伊耶那岐命は、変わり果てた妻の姿を見てしまい、恐れながら地上に逃げ去ろうとする。黄泉国の薄暗い闇の中で腕を振り上げ、髪を乱して伊耶那岐命を追う女たちは、伊耶那美命から追っ手として遣わされた予母都志許売(黄泉醜女)たちである。
青木繁は明治の洋画家。早くから才能を開花させ、風景画、肖像画の他、旧約聖書や『古事記』など様々な題材を取り上げた。
※ほのぐらい黄泉国と明るい葦原中国とをつなぐといわれる黄泉ひら坂(『古事記』)。長い髪を振り乱しながら伊邪那岐命を追いかけるのは、黄泉国の醜女たちだ。画面の上右方の明るい部分に描かれているのが、ようやく地上に出た伊邪那岐命の後ろ姿である。

木華開耶媛
[堂本印象 昭和4(1929)年 京都府立堂本印象美術館蔵]
展示期間:10/18〜11/16

満開の桜の花の下でゆったりと坐る女神。これは、山の神である大山津見神の娘の木花之佐久夜毘売(木華開耶媛)。「木花」とは桜の花のこと。天照大御神の孫の邇々芸命が地上に降り立った際に彼女と出会い、結婚した。大山津見神は、邇々芸命が木の花のように栄えるようにと木花之佐久夜毘売を捧げ、また命の寿命が石のように不動であるようにと姉の石長比売を捧げるが、命は石長比売だけを帰してしまった。そのため、その子孫は桜の花のように短命になってしまった。
堂本印象は京都出身の日本画家で、仏教寺院などの障壁画も手がけた。戦後はヨーロッパを遊歴して油彩画・抽象画へ画風を展開させ、また彫刻や工芸など幅広い分野で活躍した。