出会う 奈良県歴史文化資源データベース

大塚山古墳群 おおつかやまこふんぐん

記入年月日 2016/06/28

大塚山古墳群航空写真(垂直・平成元年撮影)
大塚山古墳群航空写真(南から・平成元年撮影)
大塚山古墳と九僧塚古墳(西から)
所在地
奈良県北葛城郡河合町川合、穴闇
区分
遺跡 | 古墳
指定内容

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
 史跡大塚山古墳群は、河合町の北東部、奈良盆地の諸河川合流点に位置します。前方後円墳3基(大塚山・城山・高山塚1号古墳)、円墳4基(丸山・高山塚2号・高山塚3号・高山塚4号古墳)、方墳1基(九僧塚古墳)の計8基からなる古墳群で、5世紀後半から6世紀初頭にかけて築造されたと考えられています。
 古墳群中最大の大塚山古墳は墳丘全長197mを測り、同時期の古墳では奈良盆地内で最大級の規模です。また、周囲には周濠が巡り、さらに、一部で堤及び外濠(史跡指定地外)が遺存しています。
 大塚山古墳の北東に位置する城山古墳は、群中最も遅い6世紀初頭の築造と考えられています。同古墳も同時期では、奈良盆地内で最大級の規模の墳丘全長約108mを測ります。
 昭和31年12月28日、8基の古墳が一括で国指定史跡に指定されています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
 大塚山古墳は河合町内最大の前方後円墳です。西名阪自動車道法隆寺インターチェンジにほど近く、優美な姿を残している古墳で、河合町を代表する古墳です。大塚山古墳群全体では8基の古墳があり、それぞれ地域の人々に親しまれています。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
「該当なし」
 被葬者として具体的な個人名は特定されていませんが、葛城氏や大和川水運を掌握していた豪族などが候補に挙げられています。
当資源と関連する伝承
 それぞれの古墳の被葬者を物語るような伝承はありませんが、大塚山古墳は絵図等に「王塚山」「王墓山」と記されています。また、戦国時代に城山古墳が「河合城」として利用されたと伝えられていますが、大塚山古墳も砦として利用された可能性があります。
他地域の関連する歴史文化資源
馬見古墳群(北葛城郡王寺町・河合町・上牧町・広陵町、香芝市、大和高田市)
問い合わせ先
河合町 教育委員会事務局 教育部 生涯学習課
電話番号
0745-57-2271

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。