ブックタイトル祈りの回廊 2017年3月~9月春夏版

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概要

祈りの回廊 2017年3月~9月春夏版

特別講話20始まりの地、葛城と鴨族すずか高鴨神社宮司鈴鹿よしたね義胤特講献花祭写真:高鴨神社献花祭(雅楽奉納)5 / 5(金・祝)花を神前に献花し、神の御心を和める行事。巫女神楽や雅楽の奉納などようです。に、鴨族はいろいろな形で貢献していた賀茂忠行も鴨族でした。古代日本の発展通じ、安倍晴明の師匠で陰陽道を極めた者が生んだもの。天体観測は陰陽道にもも鴨族ですし、陀だ羅らに尼す助けの薬はその役行伝わります。修験道の開祖である役えんのぎょうじゃ行者トに馬術を教えたのは鴨之大御神ともいました。天孫降臨の神、ニニギノミコ耕技術、交通手段である馬術にも長けて観測や薬学の知識が深く、製鉄技術、農はなく山を支配した一族ですから天体培った高い技術力がありました。平地で言われますが、その背景には葛城の山です。鴨族はある種の霊的集団であったと阿あ遅ぢし志き貴たか高ひ日こね子の根みこ命とを祀ったのが当社で鴨族が一族の守護神として主祭神、茂)社の総本もと宮みやとされていますね。の神社の一つ。全国にある鴨(賀茂・加地、葛城に鎮座する高鴨神社は日本最古―古代の一大豪族であった鴨族発祥の所御所市鴨神1110 ? 0745-66-0609行近鉄御所駅から五條バスセンター行きバス「風の森」下車、徒歩約20分(JR御所駅から近鉄御所駅まで徒歩約3分)http://www.takakamo.or.jpMAP P22 a-1たのです。地に一族の社、鴨社を建てることができは、行く先々で人々に受け入れられ、各る。平和を愛し、高い技能を持った鴨族る。移動手段の馬の扱いにも長けていもたくさん穫れて、病気になれば薬があ実り豊かな村となりました。お米も野菜ています。そして鴨族が移住した先は、逃れて大和から移住したのではとされでした。このことから一説では、戦から誇ろうとも、武器を作ろうとはしませんようです。しかしどのように高い技術を解して、収穫量を上げることもしていたんぼに刺して雷を落とし、土壌を電気分た。すでに弥生時代の末期には、鉄を田を恐れて製造方法は明かしませんでしることはしましたが、武器を作られるの鉄技術から農耕器具を作って人々に与えは争いを好まない一族でした。優れた製なぜ、鴨族はこの地を離れたか。鴨族能を広めていったのですね。―葛城から鴨族は各地へ移住し、高い技本の核であったところ。この地で発生しいます。神社だけでなく、葛城の地は日てこられたことを本当にありがたく思連綿と続くもの。人々がこの景色を守っ年。代々、耕される田んぼは千年単位で葛城の、この地に村ができて約三千る人へのメッセージをお願いします。?奈良の「始まりの地」にある社を訪れと感じますね。です。とても尊いことをされているのだわりません。連綿と続く人々の生の営み田んぼを耕す人々の姿は古代と何も変のです。この地を見ても、朝日を浴びて花にも命あるものに朝の光は大事なも始まりの地、葛城もまさにそう。人にものだそうです。天孫降臨の聖地である、斜面、朝日を受けるところからはじまる文明の発祥の条件は全て同じ、山の東側ラソウは西日が苦手なのですが、世界の地に合うのだと言っておりました。サクの美学や精神性をあらわすようで、この楚々としてたおやか、花の風情が日本人えたそうです。父はよく、サクラソウは代からコレクションが一気に増秘蔵の花を託されて、曽祖父のれる際、ともに移った貴族から皇が京都の御所から東京へ移らに愛好された花でした。明治天サクラソウは江戸期より貴族拝者の心を和ませています。には二千株以上の花が咲き、参品種、約五百種を保護され、春ニホンサクラソウのほとんどの?高鴨神社は絶滅を危惧される9特別講話と思います。として、魂のもとを感じていただけたら文化の発祥地である奈良を訪れてホッ古代からの霊峰、葛城山がそびえます。世界遺産を見下ろせます。背後を見ればの中心地であった大和平野が一望でき、立ち、北を見れば、奈良時代に政治経済からほぼ変わっていません。神話の地に(山麓線)から見える景色は、縄文時代うれしいですね。社近くの県道三十号線て、そんなことを感じていただけたらて栄えたのです。都会からお越しになっど、皆さんが幸せになる技術だけを伝え生」の考えですね。農耕や生活の方法なようとしたのではなく、日本古来の「共各地で受け入れられました。勢力を強めた鴨族は、人を助けることによって全国鈴鹿義胤1961年奈良県生まれ。京都外国語大学卒業。卒業後は商社に勤務するなどとともに、高鴨神社の神職として奉仕。平成5年、宮司に就任。奈良県神社庁副庁長を現任。父方の鈴鹿家は京都吉田神社の社家で中臣氏。先祖の中臣金連は天智天皇の右大臣で「大祓」の祝詞を作ったとされる。現宮司は85代目に当たる。母方は鴨氏。