ブックタイトルなら記紀・万葉 名所図会 ─日本書紀・歴史体感編─

ページ
10/32

このページは なら記紀・万葉 名所図会 ─日本書紀・歴史体感編─ の電子ブックに掲載されている10ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

なら記紀・万葉 名所図会 ─日本書紀・歴史体感編─

ついに蘇そ我がの入いる鹿か大たい化か元年(645年)を倒すこ6と月に12日成功したのだ!よい国を作るための密談を重ねた。皇子と私は、ともに蘇我氏を倒たおし、出会うことができたのも何かの縁えん。中大兄皇子という、賢かしこくて礼儀を重んじる方に年長者を重んじるという秩ちつ序じょもない…君主に対する礼れい儀ぎはなく天皇にすら逆らう者には「乙巳の変」は教科書にこのように登場するよ!そんな国に良い未来があるのだろうか。自分たちに有利なように政治を進めていた。力を持ち、一豪ごう族ぞくである蘇我氏が●のちに続く藤原氏の祖●死の直前に「藤ふじ原わら」という姓を授さずかる●大化の新政権の内臣となる●中なかの大おお兄えの皇み子この片腕となり、政治を助けた中なか臣とみの鎌かま足たり『日本書紀』によるプロフィール時代を変え乙たい巳っのし変へん帝国書院社会科中学生の歴史日本の歩みと世界の動きより引用『日本書紀』にはどう書かれているの?と肩を斬りさきました。たちと共に入鹿の不意をついて剣で入鹿の頭のを見て「やあ!」と言って飛び出し、子麻呂行者)らが入鹿の威い勢せにい恐れたじろいている●月十二日、中大兄は子麻呂(入鹿暗殺の実六斬きろうという策略を話しました。げてもらうつもりだ」と言い、ついに入鹿を献けん上じょうする日に、必ずお前にその文章を読み上に倉山田麻呂臣に「朝鮮三国が天皇へ品物を●(皇極天皇四年)六月八日に、中大兄はひそか【現代語訳】入鹿が頭あたま肩かたを傷やぶり割さく。に、其その不ゆくりも意なきに出いで、剣たちを以もちて「咄や嗟あ」といひ、即すなはち子麻呂等と共ともり、便めぐ旋らひて進すすまざるを見みて曰いはく、?中なかの大おほ兄え、子麻呂等の入いる鹿かが威いきほにひ畏おそを陳のぶ。いひ、遂つひに入いる鹿かを斬きらむと欲おもふ謀はかりことをして其その表ふみを読よみ唱あげしめむ」とく、「三みつの韓からの進みつき調たてまつらむ日に、必かなずら卿いまし大おほ兄え、密ひそかに倉くらの山やま田だの麻ま呂ろの臣おみに謂かたりて曰いは?六月の丁てい酉いうの朔つきたちにして甲かふ辰しんに、中なかの巻二十四中大兄皇子と鎌足たちが蘇我氏を滅ぼしたときのことを「乙巳の変」といい、乙巳の変を含めた政治改革を「大化の改新」と呼びます10