ブックタイトルなら記紀・万葉 名所図会 ─日本書紀・歴史体感編─

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概要

なら記紀・万葉 名所図会 ─日本書紀・歴史体感編─

C奈良北部エリア2平城山(乃楽山)P18いこまやま生駒山生駒市『日本書紀』には、神武天皇が難波から生駒山を越えて大和(奈良)に入ろうとした話や、聖徳太そがのいるか子の子・山背大兄王が蘇我入鹿しゅうげきの襲撃から生駒山へ逃れた話が記されています。D生駒エリアふじの藤ノき木こ古ふん墳生駒郡斑鳩町法隆寺西2?1795石室が未盗掘のまま発見された6世紀ごろひそうしゃの古墳。被葬者は2人おり、豪華な副葬品から、身分が高い人物だとされています。副葬品は橿原考古学研究所附属博物館で見られます。しぎさんちょうごそんしじ信貴山朝護孫子寺生駒郡平群町信貴山もののべのもりや聖徳太子が四天王の像を作り物部守屋打倒びしゃを願ったところ、寅年・寅の日・寅の刻に毘沙もんてん門天が現れ、見事に勝利を収めました。このことを感謝して朝護孫子寺が創建されたと伝わります。E生駒郡エリアP18たつたたいしゃ龍田大社生駒郡三郷町立野南1?29?1「竜田の風神、広瀬の水神」として古くから信仰された風の神。『日本書紀』には、天武・持統天皇の代に30回以上も龍田・廣瀬の神をまつったことが記されています。23P9ひろせたいしゃ廣瀬大社北葛城郡河合町川合99大和盆地の河川が合流する重要な地点にある、水神をまつった古社。『日本書紀』には、天武天皇4年(675年)に龍田に風神を、廣瀬に水神をまつらせたと記述があります。