[ 郷土料理 について ]
「国のまほろば」とうたわれた大和は、日本の歴史上、都として最も早くその形を整えて発展したところです。
そのため、奈良県には古代にさかのぼって日本人の食の原点を知ることができる郷土料理が県内各地に残っています。その中から四季を彩る代表的な16品を紹介します。


大和の茶がゆ奈良茶飯 柿の葉寿司・朴の葉寿司めはり寿司

にゅうめん奈良のっぺ大和まなの煮浸し七色お和えもみうり

柿なます田楽ごま豆腐奈良の雑煮(きな粉雑煮)

飛鳥鍋かしわのすき焼きしし鍋(しし汁)



  大和の茶がゆ
米を茶で炊いたかゆで、1200年前に始まった東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事として供されてきた歴史があります。
奈良では、「大和の朝は茶がゆで明ける」と言われるほど、日常食として庶民の中に受け継がれており、親しみを込めて「おかいさん」と呼びます。
大和の茶がゆは、さらっと炊きあげ、ねばりのないのが特徴です。さつま芋やかき餅など季節の食材を加えたり、暑い夏は、冷たく冷やしたりと、季節の味の変化を楽しみます。

  奈良茶飯
米と炒った大豆を茶で炊いたもので、起源は、東大寺と興福寺の寺領から納められる上茶を煎じて、二番茶に塩を加えて米を炊き、一番茶に浸けて食べたと伝えられています。
東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事に茶がゆとともに献立の中に記録が残されており、僧坊では古くから食されていましたが、江戸時代には庶民の間に広まり、各地に茶飯屋があったということです。
また、俳句の句会などでも昔から好んで食されてきました。炒った大豆の他に黒豆、カチグリなどを加えたものもあります

  柿の葉寿司・朴の葉(ほうのは)寿司
柿の葉でひとくち大のさば寿司を包んで押した夏祭りのごちそうです。江戸時代の中頃、高い年貢を課せられた紀州(和歌山県)の漁師が、金の捻出のため、熊野灘でとれた夏さばを塩でしめ、峠越えして吉野川筋の村へ売りに出かけたところ、おりしも吉野川筋の村々の夏祭りと重なり、以来、夏祭りのごちそうとしてふるまわれたという言い伝えがあります。
柿の葉は、タンニンが多く緑色があざやかな渋柿の葉が使われます。東吉野地域では、山に自生している朴の葉を柿の葉のかわりに使い「朴の葉ずし」を作ります。

  めはり寿司
「めはりずし」は、吉野地域で栽培されている高菜やマナの漬物で温かいご飯を包んだおむすびで、吉野では春に一年分の高菜やマナを漬けます。山仕事に入るときのお弁当として使われ、昔はどこの家庭でも作られていた郷土料理です。
その名前の由来は、「目を見張るほどに大きいから」とか、「目を見張って大きいおにぎりに大口を開けてかぶりつくから」と言われます。

  にゅうめん
にゅうめん 小麦粉をこね、細長く切って乾かすそうめんは、奈良時代に唐(中国)の国から伝来した手法で、神話の三輪伝説から大和の中央にある三輪山麓が発生地といわれています。江戸時代には、「大和三輪索麺名物なり。細きこと糸のごとく、白きこと雪のごとし」とたたえられたように、今も昔も厳しい寒風にさらされる風土と、独特の手延べ法によって作られる名物です。
にゅうめんは、字のとおりそうめんを煮たもので、冬は温かく、夏は冷やして季節の具を上に飾って年中食べます。

  奈良のっぺ
毎年12月17日は、奈良春日大社若宮の「おん祭り」で、一年の最後を飾るお祭りです。奈良ではこの日に「のっぺ」を食べる習慣が昔から続いています。
東北や北陸地方の郷土料理ののっぺい汁は野菜や鶏肉の煮汁に片栗粉などでとろみをつけますが、奈良のっぺは、サトイモを主に、ダイコン、ニンジン、ゴボウに油揚げも入れた具だくさんの煮物でサトイモで自然にとろみがつきます。

  大和まなの煮浸し
奈良では、「大和まな」などの葉菜類は、相性の良い薄揚げと醤油味で炊くことが多いです。青い色を残してサッと煮あげると、シャキシャキ感が残り、大和まなの甘みが口の中に広がります。
大和まなは奈良東部山間で栽培されていたまなの中から、昭和50年代後半に農業総合センターで系統選抜され、独特のまろやかさと歯触りがあるにもかかわらず、手に入りにくいため「幻の野菜」と呼ばれていました。

  七色お和え
奈良のお盆は旧暦の8月7日の七日盆の墓掃除から始まります。お盆にお供えするおかずのひとつで、旬の七つの野菜(ミョウガ、サトイモ、インゲン、ニンジン、ナス、ズイキ、カボチャ、三度豆など)をゆでて、ごまと味噌でつくったあえ衣で和えます。
お供えは、かんぴょうや油揚げ入りのかやくご飯(炊き込みご飯)やささげご飯などを毎食供え、お茶は湯気が消えると入れ替えます。

  もみうり
きゅうりの酢の物のことですが、やわらかくなるまできゅうりをもむことから、もみうりと呼ばれたと言われます。夏の食卓によくあがる一品です。
焼いた薄揚げや、さなぶり(“早苗振る舞い”がさなぶりになったと言われ、田植えの終りに、田の神を送り、宴を張って祝う行事のこと)には、田の苗がよくつくように、吸い付くたこにあやかって必ずたこを入れます。

  柿なます
柿は奈良の風物詩のひとつ。秋になって鈴なりの真っ赤な柿や、晩秋になった軒下につるされた干し柿をみると、奈良の静かな美しさをつくづく感じる瞬間です。渋が抜けたつるし柿は一段と甘みを増し、上品な和菓子のようです。
大根とニンジンの紅白なますに干し柿を刻んで入れたなますは、奈良の正月のおせちの定番のひとつです。なますに干し柿を入れたのは、砂糖の代用ともいわれています。

  田楽
田楽は、串刺しにした食材に味噌をぬって焼いた料理を言います。農家の囲炉裏端で、里芋、こんにゃく、ナスなどの野菜など、四季折々の食材を使ってつくられますが、もともとはおおつごもり(大晦日)に食べた豆腐の田楽「おおつごもり田楽」が始まりです。
里芋田楽は、人形浄瑠璃の頭にように見えるところから吉野地域では「でこまわし」とも呼ばれています。

  ごま豆腐
古代、山野に自生するくずから採っていたのが始まりといいますが、吉野には山野に自生する葛の根から採った葛粉を食べていた部族がいて「国栖人」と呼ばれ、その名が付いたといわれています。
今も国栖という地名が残っています。長い伝統に培われた吉野葛の品質のよさは有名で、「吉野煮」、「吉野仕立て」、「吉野打ち」など、くずを使った料理には「吉野葛」が使われます。
ごま豆腐も昔から伝わる吉野葛を使った郷土料理のひとつです。

  奈良の雑煮(きな粉雑煮)
奈良の雑煮は、一風変わっていて雑煮の餅を砂糖入りのきな粉につけて「あべかわ餅」のようにして食べます。
椀の中では、人の頭になるように頭芋(ヤツガシラ)、豆腐は白壁の蔵、コンニャクは土蔵の象徴で蔵が建つようにと四角く、丸く一年過ごせるように、餅は丸餅、大根、ニンジンは輪切りに、きな粉の黄色は、米の豊作を願うなど、家族の健康と子孫繁栄を願っています。

  飛鳥鍋
今から1400年ほど前の推古天皇の時代に、唐からやってきた人たちがこの地に広めたのが由来とも、1000年ほど前にお坊さんが考えたのが始まりとも、また、飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの乳で鍋料理を作ったのが最初などと言われています。
いずれにしても、牛乳で鶏肉を炊いて食べるという料理をルーツにできあがったのが飛鳥鍋です。

  かしわのすき焼き
十月の中旬、天神さま(菅原道真公)の冥福を祈るために、天満宮の宮さんに氏子総代が参列し、神主さんによる祭儀が秋祭りとしておこなわれます。天神さんの守護物が牛であるため、牛肉のかわりに鶏をつぶしてかしわ(鶏肉のこと)のすき焼きをつくり、親戚などに振る舞いました。
奈良では、お祝いなどのハレのときには、かしわのすき焼きが食卓にのぼるごちそうでした。

  しし鍋(しし汁)
イノシシの肉は特有の臭みがあるので、ゴボウ・ネギ・ミズナ・キクナなどの香味野菜を多くして、薬味にはショウガ、粉ザンショウなどにより肉の臭みを消して、味噌で煮込みます。寒い日の夜は、しし鍋を食べると体の芯から温まります。
イノシシは脂肪が豊富であることから「山鯨」ともいい、また「ぼたん」と呼ばれるのは馬肉を「さくら」、シカ肉を「もみじ」と美称するのと同じです。
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