「このくにのかたち」を考える(その22)

JAMP-時事通信社- オピニオン寄稿(2018年8月6日 掲載)
         「このくにのかたち」を考える(その22)




 

1.日本が仕掛けた戦争、仕掛けられた戦争 

 わが国は島国であり、対外的な戦争まで至ることは数多くはありませんでした。
 対外国との戦争の経験は、20世紀の直前から第2次世界大戦終結までの約50年間に集中しています。それ以前にも大和に政権のあった時代の朝鮮半島における戦争、豊臣時代のこれも朝鮮半島への出兵がありますが、いずれの海外派兵も失敗に帰したことが今は分かります。
 どのような理由でこれらの戦争が起きたのでしょうか。もちろん対外関係の困難がその根底にあるわけですが、戦争が起きた要因が、わが国内のもので日本が仕掛けたものか、対外関係の失敗、つまり外交の失敗によるものか、また相手国の事情によるもので日本が仕掛けられたものかの要因区別は、今後戦争をしないと決意したわが国にとっては重要です。

2.太平洋戦争はF・ルーズベルトが仕掛けた戦争?

 どのような原因で戦争が起きるにしろ、国内の政治状況が対外戦争に向かわないようにできる国内統治力、外国から戦争を仕掛けれても、うまくあしらう外交力と冷静な判断ができる力を持つことは極めて重要です。そのような統治・外交の力の背景には国際情勢を冷静に見渡し、分析し、判断できる力、国際世論を動かせる発信力なども必要と思われます。
 どうしてわが国が太平洋戦争をしたのかという国内的背景の研究は大いに進んできましたが、最近、太平洋戦争はソ連のスターリンの意を受けて、当時の米国の大統領フランクリン・ルーズベルトが挑発して起こしたのではという書物が発表されました。F・ルーズベルトの前の米国大統領だったハーバード・フーバーが生涯をかけて研究し、死後も非公開になっていた論稿を元に2011年に米国で刊行され、2017年に日本でも翻訳・発刊された「裏切られた自由」です。

3.F・ルーズベルトの度重なる日本への挑発

 H・フーバーの本には、F・ルーズベルトがイギリスと組んで日本への挑発を続けていたと記されています。その挑発の理由の一つに挙げられているのが、ニューディール政策の失敗です。太平洋戦争開始時には、それ以前からの1000万人近い失業者と1800万人の何らかの救済が必要な人がいました。「F・ルーズベルトが世界のパワーポリティクスにのめり込んだのは、世論の不満をかわすためであったことを歴史がはっきり示している」と記されています。「要するに(政権維持のためなら何をしてもよいという)マキャベリズム的政策だった」とH・フーバーは書いています。(現在の米国の経済的困窮層の存在、トランプ大統領の手法と類似点を感じさせるところ)
 さらに、F・ルーズベルトには左翼的メンタリティーがあったこと、F・ルーズベルト政権での多数のスパイの存在があったことも記されています。(※1)

4.日本を戦争に向けて刺激する方法

 H・フーバーの書物には、アメリカが日本を戦争に向けさせた方法が詳細に記されています。
 その1は、全面的経済制裁と近衛内閣の講話提案(1941年7月)の握りつぶしです。チャーチルの願いに従い、対日交渉を長引かせ、全面経済制裁を強化する一方、F・ルーズベルトは、グルー駐日大使の日本を追い込まないようにとの忠告にもかかわらず、近衛首相からの天皇の立場維持のほかは全面降伏に等しい講話と首脳会談の提案を蹴ってしまいました。
 その2は、1941年11月4~5日の東郷外相からの和平の働きかけを無視したことです。ワシントンは東京からの野村大使宛て訓電を傍受しましたが、アメリカ議会もアメリカ国民も日本の講和への提案は知らされなかったのです。モスクワは米国と日本の間に和平が成っては困ると見ていました。
 その3は、1941年11月26日にコーデル・ハル国務長官が日本大使に手渡した10項目の最後通牒(つうちょう)とも言われる書面です。駐日大使であったグルーは、このような最後通牒を日本に発すれば、誇り高い日本国民は、勝負に関係なく戦いを挑むだろうと警告していました。手渡された書面はソ連のスパイだった米国高官の影響があったと言われ、その内容は当時、アメリカ国民には知らされなかったのです。
 その4は、日本の真珠湾攻撃です。グルー駐日大使は、日本はアメリカの言うとおりの国になるか、飢えて死んでしまうかの選択を迫られれば、自殺行為(hara-kiri)を選ぶ国民性があると本国に報告し、その通りとなりました。ヘンリー・スティムソン陸軍長官は同日の日記に「これで国民がようやく一致団結できる」と書きました。(※2)
 その5は、誰に責任を負わせるかです。客観的な視点を持つ英国の歴史家ラッセル・グレンフェル大佐は「真珠湾攻撃は予期されていただけではなく期待されていた。F・ルーズベルト大統領がアメリカを戦争に導きたかったことに疑いの余地はない。ただ、政治的な理由で、最初の一撃は相手側から発せられる必要があった。だからこそ日本に対する締め付けを強めていっていた。アメリカ大統領によって、日本はアメリカを攻撃させられることになっていた」と書いています。(※3)
 国際政治において挑発に乗らないで避けることのできる政治家と国民の見識は、今も必要なことであると思います。

 ※1『裏切られた自由』下 草思社2017年 p527
 ※2 同上      上         p515
   ※3 同上      上         p529