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万葉が薫る、山の辺の道のハイライト

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文=衣笠るみ

(きぬがさるみ)紀行ライター。出版社・山と溪谷社大阪支局に勤務し、山岳部門の編集に携わる。現在は子育てをしながら、フリーの編集者およびライターとして活躍。

日本最古の道と言われる山の辺の道。いにしえの人々が行き交ったこの道は、山裾に点在する古墳や史跡を結んだハイキングコースとして整備されながらも古き良き風情を残し、今も多くの人を惹きつける。

ある秋の晴れた日、家族を誘って山の辺の道へ向かった。JR柳本駅から静かな住宅街を抜け、最初に向かったのは黒塚古墳。古墳の敷地内には遊歩道が設けられ、小高い古墳の上に立つこともできる。公園のように穏やかな雰囲気に息子は喜々として遊んでいる。近年、古墳内部の石室から卑弥呼が祭祀に使ったとも考えられる三角縁神獣鏡が出土し、そのレプリカや原寸大の石室のレプリカを隣の展示館で見ることができる。


景行天皇陵

次に向かったのは崇神(すじん)天皇陵。こちらは大和朝廷を築いた天皇の陵墓だけに規模も大きく、堂々たる風格である。参拝を済ませると、息子は濠の周囲にぐるりとめぐらされた土手を楽しげに歩いていく。ついて行くと風景は一変、のどかな田畑が広がった。間近に山が迫り、まさに山の辺に道が続いている。東海自然歩道としてもよく歩かれる道なので、休憩所やトイレなどもあり、子連れでも安心して歩ける。道沿いの家の軒下には、柿やみかんが並べて売られ、ところどころに農作物の無人販売もあり、ついつい道草したくなる。息子はおばあちゃんが座っているあぜ道の販売所で立ち止まり、みかんを買い求めた。景行天皇陵の脇の道端で休憩がてら、みかんをいただいた。すれ違う人たちも手に買い求めた農作物をぶら下げている。田畑が広がる道を抜け、住宅地に入ったところに珠城山(たまきやま)古墳群がある。このまま山の辺の道から少し外れ、纒向(まきむく)遺跡へ向かう。

纒向遺跡はJR巻向駅を中心に半径約2㎞に広がる遺跡群。中でも駅のすぐ西側では、平成21年11月に3世紀後半のものと思われる大型の建物跡が見つかり、邪馬台国の宮殿跡かと話題になった場所である。駅の北側の踏切を越えれば建物跡の発掘現場にたどり着く。しかし調査が終われば、もとの状態に埋め戻されるという。古代史を塗り替えるかもしれない地に立ち感慨にひたっているかたわらで、息子は和菓子屋の店先で焼かれるみたらし団子のにおいに吸い寄せられている。子供と一緒のときは先をあせらず付き合うことも必要だ。和菓子屋で一服したあと、こちらも一部では卑弥呼の墓ではないかという説がある箸墓(はしはか)古墳(倭迹迹日百襲姫命陵)へ向かう。先ほどの崇神・景行両天皇陵と同じような規模なのに、こちらは住宅地の中にあるのでより大きく感じてしまう。

 


大神神社

再び山の辺の道に戻る道をたどる。途中の国津神社裏手の小高い丘を上がるとホケノ山古墳がある。いくつかの古墳をめぐっていると、敷地に入れるところとそうでないところがあるが、これは天皇やその関係者の陵墓で宮内庁の管理下にあるか否かによるらしい。田んぼのまん中にたたずむ茅原大墓(ちはらおおばか)古墳をのぞみ、ゆるやかな坂道を桧原(ひばら)神社へと向かう。井寺池の辺りで振り返ると、どっしりと横たわる金剛山と大和葛城山を背景に、大和三山(天香具山、畝傍山、耳成山)がぽっかりと浮かんでいる。山の辺の道に突き当たると大神(おおみわ)神社の摂社である桧原神社がある。この先の大神神社と同様に、三輪山がご神体なので境内には本殿も拝殿もなく、玉垣で囲まれた三ツ鳥居だけが立っているのみ。春分と秋分の頃には、二上山に落ちる夕日が正面の鳥居のちょうど真ん中に望めるとあって、撮影スポットとして人気の場所だとか。しかし、そろそろ息子も疲れてきたようなので、夕日を待つのは次回にして、先へ進もう。

玄賓庵(げんぴあん)を過ぎ、いくつかの橋を越えると、風情のある茶店がある。ちょうどお腹もすいてきたので庭先で食事と甘味をいただき、満たされた時間を過ごしていると、息子は先に店を飛び出し無人販売所で何やら物色中。気になったシイの実を買うと、満足げに再び歩き出した。石畳の道はやがて舗装路に変わり、大神神社へ続いている。境内は多くの参拝者でにぎわっているが、『古事記』『日本書紀』にも記された日本最古ともいわれる神社だけに荘厳な雰囲気が漂い、思わず息子も手を合わせている。
古代から今に続く人々の営みを感じた山の辺の道。まだ歴史を習っていない息子も巨大な古墳を前に子供なりに遠い時の記憶を感じたようだ。秋の味覚とこの道を伝え続けようとする人々の温もりにふれた1日だった。

※この紀行文は2009年11月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。