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贅沢な眺望が楽しめる、近畿のマッターホルン・高見山

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文=加藤芳樹

(かとうよしき)紀行ライター。幼少時より自然に親しみ、大学卒業後、釣具メーカー勤務を経て、出版社・山と溪谷社大阪支局に勤務。山岳部門編集長を務める。2006年より、フリーの編集者およびライター。

関西で霧氷が楽しめる山はいくつかあるが、樹木の枝から風のあたる方向に伸びる、いわゆる「エビのしっぽ」が手軽に見られる樹氷の山といえばそう多くはない。地形が大きく関係していると思うのだが、東吉野村の高見山は、そういう意味では群を抜いているといっていいのではないだろうか。上北山村の和佐又山(わさまたやま)なども手軽だが、公共交通機関を利用して日帰りで行くには少し不便。和佐又ヒュッテに宿泊が前提となる。

高見山は、三重県との県境近く、南北に連なる台高山脈の北端、東西に連なる高見・三峰山地の西端に位置する。山頂付近は三角錐を描く鋭鋒なので、周囲の山から遠望してもすぐにそれとわかる山容をしており、誰が呼んだかは知らないが、「近畿のマッターホルン」とも呼ばれている。

高見山に向かったのは厳冬期の2月のこと。普段から天気予報に絶えず注意を向け、寒気団がやってくるというその日に、立派な樹氷が育っていることを期待して登山口に降り立ったのだった。

 

高見登山口バス停から山道に入る。とても歩きやすい道だ。というのは、ここはいわゆる伊勢南街道、西国から伊勢へ向かう古道なのだ。途中には石畳があったり、「古市場跡」などという看板も立っている。たどっていくと林道に出るが、そこが小峠だった。高見山に向かうにはコンクリートの階段を登るのだが、その上部にある鳥居は、山頂にある高角(たかすみ)神社のものだろう。マイカー利用の場合はここから登らずに東へ街道を進んだ大峠に駐車場があるので、そちらを利用する人も多い。


休憩小屋

さて、寒いには寒いのだが、小峠までは、街道が少し凍っている程度であまり雪がなかった。しかし、階段を登りきり、植林帯の中を高度を上げるにつれて、だんだんと道が白くなってきた。自然林に入るとほぼ雪山といっていいくらいで、木々の枝に小さくだが霧氷がついている。いや、枝の片側、つまり、風の吹くほうに成長しているので、まだ小ぶりだがこれは樹氷といっていいだろう。ちなみに霧氷はもっと幅広くとらえられる。特にエビのしっぽのようになっているものを樹氷と呼ぶが、枝全般に白く付くものを霧氷ということが多いようだ。

揺岩(ゆるぎいわ)、国見岩(くにみいわ)と過ぎ、笛吹岩(ふえふきいわ)に来たときにはもう白い世界の真っ只中だった。やがて登りが緩やかになると、雪深くなってきた。しかし、さすがに人気のある山だから、トレースはついている。雪のプロムナードをたどっていくと、山頂にたどり着いた。


登山風景

まずは神社に手を合わせてから避難小屋に入った。小屋は寒風を避ける登山者でごった返していたが、何とか場所を確保して、ガスストーブを取り出す。お弁当もいいが、やはり冬の山ならば温かいものが食べたくなるものだ。お湯を沸かして、ラーメンをすすると人心地ついた。

出口から外に顔を出すと、さっきまで山頂付近を取り巻いていたガスがなくなり、晴れ間が見えている。展望台に備え付けの双眼鏡は凍り付いて使い物にならないが、周囲の山並みがよく見える。不思議なものだが、真っ白になっているのはこの高見山山頂だけで、周囲の山々はさほどでもない。樹氷の山、高見山の秘密は、その地理的条件や地形にもあるのかもしれないな、などとつらつらと考えてみる。

思いのほか長居をしてしまったが、そろそろ下山の準備に取り掛かろう。下りの斜面を考えて、ここで軽アイゼンを装着することにした。多くの人に踏み固められた道は、登りは何とかこなせても下りはことのほか滑りやすい。登りには使わなかったストックも、クルクルとねじって長くした。これがあるのとないのとではバランスのとり方が大違いなのだ。

下りは中腹の分岐から平野への道をとることにする。平野にはたかすみ温泉がある。冷え切った体を温めるにはもうしばらく歩かねばならないが、少し疲れが感じられるくらいのほうが、温泉のありがたみがわかるというものだ。あせらずに、ゆっくりと下りていくことにしよう。

※この紀行文は2009年12月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。