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日本の歴史・文化が息づく吉野山を越えて黒滝へ

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文=山本純二

(やまもと じゅんじ)紀行ライター。元JTB勤務で、現在トラベル講師としても活動中。旅行ペンクラブ会員。共著に『街道・古道を歩く西日本編』(山と溪谷社)がある。

友人からのメールはハイキングの誘いだった。「吉野山から黒滝へガッツリ歩こう」とピースサインの絵文字入り。最近気持ちのいい汗を流してないので、即決で了解。

11月上旬の秋晴れの日に出かけた。吉野山に来ると空気が一変する。山の冷気を含んで、澄み渡っている。「秋の吉野もいいですよ」3年前に宿泊した上千本の旅館の女将さんが、見送り際にかけてくれたひと言を思い出した。金峯山寺(きんぷせんじ)仁王門前の茶店で草餅を食べながら、友人がこれから歩くコースを説明してくれる。「奥千本口を起点に、鳳閣寺(ほうかくじ)から黒滝に向かう約12キロ、3時間15分コース」だという。「黒滝に着いたら、ひと風呂浴びて帰ろう」と、さすが、私の喜びそうなツボを押さえている。

まずは、いつみても威風堂々たる、金峯山寺本堂の蔵王堂へ。まさに吉野山のシンボルである。北面する仁王門と南面して建つ蔵王堂。向きが背中合わせになっているのは、これから峯入りする修行者は仁王門が迎え、山上ヶ岳から下りてくる修験者は蔵王堂が迎えるためだという。境内から、本通りに合流すると、柿の葉寿司や吉野葛などの土産店が続いている。古きよき昭和の風情を感じながら歩いていく。

竹林院前から奥千本口間は、時間短縮をするために、吉野大峯ケーブル自動車が運行するマイクロバスを利用する。10分ほどで終点の奥千本口で下車すると、金峯神社はすぐ。多くの修験者が訪れたであろう古社を、丁寧に掃き清める年配の男性がいる。「この坂の下に義経の隠れ塔がありますよ」と、ニコリと促されたので足を運ぶ。歴史に思いを馳せ眺めていると、ひっそりとした中にもロマンが感じられる。義経ファンの友人は感無量という表情で小堂の前に佇んでいる。

金峯神社から先は道が二つに分かれる。山上ヶ岳への大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)と、もう一方が鳳閣寺から黒滝へのハイキングルートに通じている。黒滝ルートを進むと石の道標があり、「左西行庵・右鳳閣寺」と記されている。西行庵(さいぎょうあん)は紅葉の名所と聞いていたので、立ち寄ることにする。谷筋の急坂を下りきると山桜の紅葉の中に、人だかりが見える。西行庵の前で、ハイキングツアーの参加者にガイドの方が解説している。皆さんとても熱心だ。石の道標の地点に戻り、杉木立の中、鳳閣寺をめざす。多少のアップダウンと足元の木の枝に注意が必要だが、時折視界が開けるので気分がいい。鳳閣寺まで1キロほど手前で、百貝岳(ひゃっかいだけ)山頂を経由するコースと平坦なコースを選択する案内板がある。体力に自信のある友人は山頂コースを、私は平坦コースを進み、鳳閣寺で合流。山岳修行に励んだ聖宝(しょうぼう)理源大師が建立したと伝わる寺である。境内にベンチがあり、簡素な休憩所になっている。男のハイキングなので手作り弁当などない。コンビニのおにぎり5個の昼食。「ハイキングでのおにぎりは絶品」と二人とも一気に平らげた。

山を下り、鳥住春日神社から先は車も通れる道が地蔵峠まで続く。地蔵堂の脇から再びハイキングコースの地道に入り、木立の上り道をピッチをあげて進む。上りがピークに差しかかるあたりから、後方に百貝岳を一望できる。下りになるとやがて粟飯谷川のせせらぎが聞こえてきて、地道が終わると黒滝村粟飯谷の里である。

庭に出て遊んでいた少女が、ペコリと頭をさげて、私たちにあいさつをしてくれた。それだけで「黒滝はいい村だ」と思った。里景色に秋を感じながら「御吉野の湯(みよしののゆ)」に到着。湯船で手足を伸ばし、さっぱりした後、もう15分ほど歩き、道の駅「吉野路黒滝」から下市口行きのバスに乗る。すでに夕闇迫る時刻である。「八木駅の近くにいい飲み屋を知っているので、一杯飲みながら今日の振り返りと次のハイキングの計画をしよう」と友人の提案。今度も、即決で了解した。

※この紀行文は2009年11月取材時に執筆したものです。諸般の事情で現在とはルート、スポットの様子が異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。