平成25年度 奈良県市町村教育委員長・教育長会挨拶(教育長)
平成25年6月5日(水)
奈良県立教育研究所
平成25年度教育委員長・教育長会に出席賜りましてありがとうございます。2点お話させていただいて、ご挨拶に代えたいと思います。
1、教育をとりまく環境について
まず1点目は、教育をとりまく環境についてです。
教育再生実行会議については、新聞等で報じられ、よくご存知だと思いますが、2月26日にまず1本目が提言という形で出ました。3回の会議を経て、いじめに対して道徳の教科化が提言されています。私どもの常識から申しますと、教科化するためには、教科専門の教員免許や教科書が必要であり、点数での評価も必要で、それらについては十分検討すべき課題ではないかと私は思いますが、教科免許は端折ろうというような動きです。教科書については、「心のノート」をグレードアップして教科書にもっていこうということのようです。
4月15日に教育委員会制度に関する提言が出ました。内容を端的に申しますと、教育長が教育行政の責任者となり、首長、すなわち、市町村であれば市町村長、県であれば知事により、教育長を直接任命、罷免しようということであります。しかし、この提言では、首長に教育長への指揮監督権がないのです。また、教育委員会はどうなるのかと言いますと、地域教育のあるべき姿や基本方針を議論し、教育長に大きな方向性を示し、教育長の執行をチェックするというように、教育委員会自体の業務が特化されるような内容になっています。
その提言には、国の地方教育行政への関与を強化することも盛り込まれています。平成11年に地方自治法が改正され、法定受託事務と自治事務に分かれました。教育は自治事務の方に入ります。法定受託事務は、国の関与、指示という形態、あるいは是正・改善の指示というような、強い関係の中で行われるものです。法定受託事務では国の関与の強化はできますが、自治事務については基本的にそれはできないという線引きがなされたのです。「国ではこうしていますから、参考にして下さい。」という通知は出せますが、通達は出せないということです。
現在、国の是正・改善の指示は、「子どもの生命・身体の保護のため緊急の必要がある時」に限定されていますが、この限定が外れます。教育行政が法令違反した場合、あるいは教育を受ける権利が侵害される場合にも国が是正・改善の指示をするというような改正を提言しています。これは大変大胆な提言だと思います。過日、私は新聞記者の方からこのことについてのコメントを求められました。私も教育委員の一人で、教育委員会で選ばれた教育長ですので、マスコミに対して「委員としては当事者ですからコメントする立場にありません。」と返答しました。
4月15日の教育委員会制度に関する提言を受けて、ただちに4月19日に地方6団体、これは、知事会、市長会、町村会、それぞれの議会の議長会の六つですが、連名でこの提言に関して意見書を提出しています。意見書の中では、首長に教育長に対する任命・罷免権を与える以上、教育長への指揮監督権ももたせるべきであると述べています。さらに、従前から主張していた「教育委員会選択制」というものをなぜ提言から外すのかという意見も出ています。「選択制」とは、教育委員会制度をとらないで、首長部局の一部局に教育局、あるいは教育部として首長の指揮命令系統の中に組み込むということを選択してもいいのではないかという主張です。
教育委員会の歴史を遡れば、教育長の公選制の時代を経て、首長との間にバッティングが起こるのを避けるために、予算編成権、議会提案権は首長に1本化されました。そして、公選制をやめて任命制になりました。承認は都道府県の教育長は大臣が、市町村の教育長は県の教育長が承認するという制度です。平成11年に現在の形になりました。ところが、今回の提言では、首長による教育長の任命・罷免権はあっても教育長への指揮監督権はなく、国の関与を強化するということなので、これでは先祖返りするような感じになるのではないでしょうか。先日、私は全国教育長会に出席して参りましたが、改革に対する大変強い文科省の意志を感じました。各都道府県の教育長も「これはなりますな。」という感じを抱いたのではないかと思っています。教育委員会制度改革をはじめ、道徳の教科化や小学校英語の教科化、大学の改革等も、政府が相当強い意志をもってやりとげようとしていると感じています。
私は、「事実としてこういうものがございました。」と言うだけでコメントする立場にないというスタンスを守りたいと思っていますが、こんなに流れが速くていいのかと感じています。私としては、制度改革以前にしなければならないこと、現行制度の中でやれること、やるべきことがたくさんあるのではないかと考えています。地方、地域によって教育課題は違いますが、その解決の方法は制度を変えることなのでしょうか。この改革が、奈良県の教育課題である、勉強があまり好きではない、規範意識や社会性が相対的に低い、体力や基本的な生活習慣が身に付いていない等の問題解決に資するのでしょうか。
2、奈良県の教育課題等に対する方向性について
2点目は、本県の教育課題に対する方向性、すなわち県はどっちを向いて何をやろうとしているのかということをお話します。
(1)いじめと体罰について
まず、昨年はいじめ、体罰が話題になりました。大阪では自殺者まで出るという大変痛ましい事件も起こりました。奈良県においても、いじめ、体罰がありました。いじめに関しては、アンケート調査を実施する際、子どもたちが書きやすいような質問にし、どんな些細なことでも書いてもらえるよう工夫をしました。その結果、昨年4月から9月時点で千人当たりの発生率で全国2位という大きな発生率になりましたが、多くの事象を掘り出し、解消率で我々は勝負するのだと考えました。学校を中心に真摯にその解消に取り組んでいただいた結果、今年3月末の時点で97.2%まで解決できました。しかし、いじめというものはなかなか根が深くて、再燃したり、立場が代わっていじめが行われたりしますので全ての解決はなかなか難しいと思います。そういうことを踏まえ、森田洋司先生という生徒指導(いじめ問題)に関して日本の第一人者である方に監修をしていただき、「いじめ早期発見・早期対応マニュアル」を作成しました。このマニュアルは県民の皆様にも公表しています。ということは、いじめが起こった場合、保護者の皆様からは学校に対して「マニュアル通りやっていただいていませんね。マニュアル通り行われなかったのはどういうことか説明をして下さい。」というように聞かれる事態も起こりうるものだと考えています。そのあたりのところを、学校の先生方に周知徹底していただきたいと思います。
さらに、現在、児童生徒の「個人別生活カード」というものを作成しており、まもなく皆様にお渡しすることができると思います。このカードは、いじめを含め、生徒指導上の問題が起こったときに、その経緯を記録するものです。これはいじめ等が起こったときに、過去にどのような対応をしたかを含めた証拠(エビデンス)となります。現実に、いじめを受けた子どもの保護者が「学校の先生は1回も家庭訪問に来てくれなかった。」と発言され、反論しようにも証拠がないという事例があるのです。状況を聞いてみますと、担任の先生はもちろん、校長先生も学年主任も家へ行っているんです。ところが、家まで行ってチャイムを押し、「学校のこういう者ですが、お話しさせてもらいたい。」と言っても「帰ってください。」と言われる。何回行っても、「帰ってください。」です。ところが、後日、「1回も訪問してもらっていません。」「1回も会って話したことがありません。」というような話がケースによっては出てくるのです。気持ちの行き違いだとは思いますが、この話だけ一人歩きしますと、まるで先生がさぼっているようで、私は理不尽だと思います。このような事態を防ぐためにも、また、進級時等の引継をスムーズに行うためにも児童生徒個別の生活カードに記録していくことが必要だと考えています。この「個人別生活カード」についても体裁等はオープンにして実施していきます。何かあったときには、「5回家庭訪問していますが、1回もお会いしてもらってないのが事実です。」と言える証拠を残していきたいものです。
次に体罰ですが、5名の教員の処分を行いました。そして、その5名の他に34名について行き過ぎた指導ではないかという第1次判断をしました。この34名については、これから再度詳細に調査を行います。体罰か体罰でないかは、最高裁判決があります。また、運動部活動の在り方に関する調査研究会議があり、ガイドラインが出ています。最高裁判決によりますと、体罰は有形力の行使、目的、対応の態様、継続時間、これらで決まります。人間関係ができているから体罰は許されるんだということではないのです。生徒本人が、私たちのためにやってくれているんだと、目をつぶってくれているということはあるかもしれませんが、体罰は許されるものではないのです。体罰についても生徒指導の場面を想定しながらマニュアルを作成したいと考えています。
(2)地域教育力の向上について
本県教育における三つの大きな課題の中で一番気になっている規範意識・社会性の向上について話します。全国学力・学習状況調査等のデータが全国平均より低い状況が続きますと、「ルールを守らないのが奈良県の子ども」であるという烙印を押されかねないと私は心配しています。これを解決するためにどうしたらいいのかを常に考えてきましたが、京都の御所南小学校の取組が参考になると思っています。この学校の地域は町衆の伝統をもったところです。地域の方が学校にいろいろな形で協力をしています。自分たちの学校だという思いが大変強いようです。先生の側からは、やりにくいところもあるのかなと思いますが、事件や事故、トラブル等が大変少ないと言われている学校です。私は、これが一つの解決方法ではないかと思っています。また、色々考え、行き着いたのが、T・ハーシの「社会的絆論」です。ハーシは、その中で四つの絆「アタッチメント(愛着)・コミットメント(投資)・インボルブメント(巻き込み)・ビリーフ(規範観念)」の重要性について言及しています。御所南小学校区では、インボルブメント、つまり地域の祭りなどに子どもを参加させる(巻き込む)ことによって、地域の大人と一緒に楽しみ、人と人とのつながりの大切さを理解させ、地域社会の結束を強めていこうとしているのだと思います。トラブル等が起こりにくい場所では、そういうものが色濃くあったということに行き着きました。
そこで、現在、県教委では「学校コミュニティ(=奈良モデル)の推進」に取り組んでいます。人権・地域教育課において「学校地域パートナーシップ」という事業名(予算約5000万)で熱心に取り組んでもらっています。今年度、「学校コミュニティ」は約86%の小・中学校で取り組んでいただいています。この取組を2~3年続け、子どもの規範意識や社会性がどう変化していくか、しっかりとデータを取りながら進めていきます。しかし、これはただの「しくみ」なのです。電気を入れないと動かないステレオのようなものです。4月1日の辞令交付の際、私は校長先生方に「これをやってください。やってもらって、学校コミュニティという仕組みをどう生かすかは皆さんの腕にかかっていますよ。」と言いました。
少し前にスティーブン・コビーの本が出ていたのをご存じでしょうか。「成功には原則があった!7つの習慣」という本です。本の中で、成功していくにはwin-winの関係が重要だと書かれていました。まさに、この「しくみ」を生かす秘訣はwin-winの関係だと思います。つまり、地域の方々に学校に入っていただき、地域の方々もwinしなければならない。地域の人に喜んでいただいて、学校も喜ぶというwin-winの関係をキーワードにして児童生徒たちを一番いい方向へ導いて行くことが成功のカギだと思っています。このことを校長先生方にお話しいただけたらありがたいと思います。
最後に、私は生まれてから死ぬまでが教育だと思っています。学校教育に携わる人間はどうしても「教え」を教育と思いがちですが、教育は「学び」を重視すべきと考えています。人は生まれてから死ぬまで学んでいきますから、その視点で基本理念的なもの、できれば奈良教育的なものの発想はできないものかと考え、「地域教育力サミット」では、知事に議長をしてもらい四つの部会を作っています。具体的には、「地域で働ける就労教育について」、「障害者の就労、社会参加について」、「学校・地域スポーツの連携について」、「地域の参画・協働による教育の在り方について」の各部会です。県の教育課題解決に向け、教育委員会と知事部局が問題意識を共有し、じっくり議論しながら施策を進めていきたいと思っています。
今後も、私は「愛を基盤として、知力・体力・忍耐力を身に付けて、正々堂々と生きる子どもを育てる」のスローガンのもと、県の教育振興及び教育課題解決に力を注いでいきたいと思っておりますので、奈良県教育のさらなる発展のため皆様方のお力をお貸しくださいますようよろしくお願い致します。
各教育委員会のますますのご発展と皆様のご健康を祈念しまして挨拶とさせていただきます。
|