歴史体感日本書紀
藤原京遷都
 私は天武天皇の妻であり、皇后としてともに政治を行いました。ですから、夫の理想を誰よりも理解しています。天武天皇が亡くなった後に即位し、夫の遺志を継いで、共に進めてきた事業を完成させたのです。私たちが目指したのは「律令国家」の確立。国家の基礎となる法「飛鳥浄御原令(あすかきよみはられい)」を完成し、さらに日本で初めて、先進国である唐にならった本格的な都「藤原京」を造りました。これらは夫とともに計画し、長い年月をかけて実現したものです。
持統(じとう)天皇
『日本書紀』によるプロフィール
・天智天皇の娘、天武天皇の皇后
・落ち着いた性格で広い心を持っていた
・慎ましやかで母としての徳があった
・天武天皇の事業を引き継ぐ
 673年、大海人皇子(おおあまのみこ)は天武天皇となり、兄の天智天皇が目指した中央集権化を進めます。それを支え、共に進めたのが皇后でした。680年、天武天皇は病気になった皇后の回復を願って薬師寺の建立を発願し、これにより病気が治ったと伝えられています。
 この頃に、国内外に向けて国や天皇家の成り立ちを紹介するため、『古事記』や『日本書紀』の制作に取りかかります。また、中央集権化が進むにつれ、より大きな都が必要となり、新しい都「藤原京」を飛鳥の北面(現在の橿原市)に造ることにしました。しかし、天武天皇は病に倒れ、これらを完成できませんでした。
 その後、皇后が持統天皇として即位し、夫の遺志を継いだ政治を行います。694年には、大和三山(耳成山、香具山、畝傍山)に囲まれた古代最大の都「藤原京」への遷都を成し遂げました。唐の都にならい、日本で初めて、道路を碁盤の目のように東西南北に交わらせる「条坊制」によって造られました。
 持統天皇は壬申の乱の出発点となった、夫との思い出の地・吉野を31回も訪れたと記されています。そして、697年、持統天皇は孫の軽皇子(かるのみこ)(文武(もんむ)天皇)に天皇の位を譲りました。『日本書紀』はこの出来事を最後に、全三十巻が完結しています。
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