インターネットと人権

更新日:2004年10月19日


  奈良県人権情報誌「かがやき・なら」第214号(2004年8月31日発行)掲載

  インターネットと人権            

奈良県市町村人権・同和問題啓発活動推進本部連絡協議会事務局長
平岡 恭正
さん

  インターネットがますます身近なものになるにつれ、だれもが自由にさまざまな情報に接することができるようになり、個人の意見なども不特定多数の人々に発信できるようになりました。しかし、一方では、インターネットの持つ匿名性を悪用し、他人への誹謗中傷やプライバシー侵害などが繰り返されるという新たな人権問題が生じています。

 そこで、インターネット上の差別書き込みに対する啓発活動や情報収集を行う「インターネットステーション」を設置した、奈良県市町村人権・同和問題啓発活動推進本部連絡協議会(「啓発連協」)事務局長の平岡恭正さんに「インターネットと人権」についてお話を伺いました。
 
 2年目を迎えた「インターネットステーション」での活動について、聞かせてください。

 きっかけは、2001年(平成13年)、大阪府池田市の小学生殺傷事件や明石花火大会歩道橋事故の際に、被害者を誹謗中傷する書き込みがインターネット掲示板に繰り返されたことでした。インターネットの普及によって、差別書き込みが急速に増え、エスカレートしてきたんです。

 「放っておくわけにはいかん」と、同じ問題意識を持つ人々が集まって、翌年2月に「インターネット掲示板差別書き込みについて考えるプロジェクト会議」を立ち上げました。プロジェクト会議のメンバー間で連携しながら、差別書き込みが横行する掲示板に、正しい人権問題の情報を発信する啓発活動を始めたんです。

 2002年(平成14年)に、プロジェクト会議が把握できただけでも、ネット掲示板には2,370件の問題ある書き込みがあり、そのうち明らかに差別的な内容のものが1,418件ありました。その中でも部落差別に関わるものが大半を占めており、1,075件(約76%)ありました。しかし、これらは問題ある掲示板の一部であって、他にも多数存在すると考えられます。

 そんな中、2003年(平成15年)には、活動拠点となる「インターネットステーション」を設置しました。インターネットステーションでは、プロジェクト会議のメンバーを中心に、5人1組で約30のチーム、150人あまりでローテーションを組みながら、ネット上の差別書き込みなどの動向把握や啓発活動を行っています。

 プロジェクト会議の活動が、新聞など各方面で取り上げられるようになって、ネット上の掲示板における「奈良県」に関する差別書き込みは、減少したように見受けられます。また、自主的に反差別の書き込みをするなど、問題意識を持って活動する人も増えてきました。

 しかし、当て字を使うなど、誹謗中傷や差別表現の一部を変えて「ほのめかす」ような悪質な書き込みも増えてきています。また、通信回線の高速・大容量化に伴って、画像など大容量の情報を用いた差別書き込みも出てきました。

 今後は、関係団体や関連企業、また他府県の自治体とも連携を深めるなど、情報の共有化をより進め、プロジェクト会議の活動を充実させていきたいと考えています。
 今年6月には、インターネット掲示板における問題を考えるシンポジウムを開催されましたが、どのような成果がありましたか?

 6月11日、全国同和教育研究協議会の分野別研究会「社会教育」の2日目に、「これでいいのか『表現の自由』~何でもありのインターネット掲示板を斬る~」と題して、シンポジウムを開きました。

 差別書き込みをする人は、インターネットの持つ匿名性を悪用し、「表現の自由」を盾にして、差別を助長・煽動しています。憲法で保障された「表現の自由」と「通信の秘密」をはき違えているんです。

 インターネットでは、だれもが差別情報に簡単にアクセス(接続)でき、それをネット上にばらまくことも可能です。また、意図せずとも偶然に、差別書き込みのある掲示板に接続してしまうこともあり、誤った情報から差別意識を持ってしまう危険性も考えられます。特に、子どもへの影響は深刻です。

 シンポジウムでは、こうした現状を踏まえ、今日の情報社会におけるさまざまな問題を考え、取組のあり方を探りました。そして、参加者一同で次の5つの決議をしました。

(1)インターネット掲示板の差別書き込みを許さない世論を高め、全国的な機運とうねりを作ること

(2)人権侵害にかかわる書き込みに対して削除要請を強く求めていくこと

(3)悪質な書き込みに対して法的手段をとること

(4)より確かな法的整備を求めること

(5)差別書き込みに対して勇気を持って反論する輪を広げること 

 マスコミ関係、大学教員、人権問題活動家、弁護士等、さまざまな分野から著名な方々をお招きし、幅広い視点から論議していただけたこと、参加者一同の決議をしたことなど、シンポジウムは全国的なうねりを作りだす大きな一歩になったと思います。今後は、この決議の5項目を重点課題として、より一層の取組を進めていきたいと思っています。

 今後ますますインターネットが身近なものとなっていくと思われますが、私たちはどのようなことに留意してインターネットと関わっていけばよいのでしょうか?

 インターネットを利用する上で必要なのは、コンピューターを使える技能だけではありません。インターネットを含め、テレビ・ラジオ・新聞などメディアで流れている情報のすべてが信頼できるものとは限りません。だから、情報を受信する側は、その情報が正しいかどうかを自ら判断し、取捨選択し、それを活用する能力(メディアリテラシー)を養う必要があります。

 また、情報を発信する際は、「情報弱者」の問題に留意しなければなりません。例えば目が不自由であったり、高齢であったり、さまざまな理由で、インターネットやコンピューターを利用することが困難な人々がおられます。あらゆる情報がコンピューターに取り込まれる現在、情報にアクセスできないことにより、社会的・経済的に不利になっていく可能性もあります。

 さらに、「ネットワーク利用者のエチケット」という意味で、「ネチケット」という造語がありますが、インターネット上でのモラルを考えていく必要もありますね。インターネットにつながった端末の前には、必ず「人」が存在しています。だからこそ、インターネットを利用するときにも、一人ひとりを大切にする「人権尊重」を常に基本に考えなくてはいけません。

 憲法で保障された「表現の自由」や「通信の秘密」も、もちろん大切な権利であり、なくてはならないものです。だからといって、「人間の尊厳」を侵してまで守られるものではないと思います。お互いの違いを認め合って共に生きていく、“共存・共生”の社会をつくるための「表現の自由」や「通信の秘密」であって欲しいと思います。そのためには、人権を基盤にしてそれぞれの権利を考えていく必要があります。
 今日、インターネットの利用が低年齢化しています。子どもとインターネットとの関わりについては、どのようにお考えですか?

 総務省の調査によると、2003年(平成15年)現在、6~12歳のインターネット利用率は61%、13~19歳は91%となっています。まさに物心ついたときから、インターネットに取り囲まれ、育つ世代が増えてきているんですね。

 一方で、ネット上には、自殺・いじめ・差別・誹謗中傷等を内容とする情報やわいせつ画像、残酷な画像など、子どもたちにとって有害な情報が数多くあります。

 今年6月、県の教育委員会が市町村の教育長や県立学校長あてに、児童生徒のインターネット使用にあたって、情報モラルの指導と保護者への周知について通知を出しています。そこでは「(1)他人を誹謗・中傷する発信をしない (2)個人情報を掲載することの危険性やネットワーク利用におけるモラルや基本的なマナーを十分指導する (3)児童生徒が他人から誹謗・中傷を受けるなどしたときは保護者や教職員に報告・相談するように指導する (4)情報の著作権について正しく理解させる」ことが求められています。

 まさしく、この内容を学校や家庭、地域社会に浸透させないといけないと思います。

 最後に、今後の活動の抱負などについて、お聞かせください。

 現在、インターネットステーションではIT講座を開き、初心者の方がパソコンに触れ、インターネットを体験する機会を積極的に作っています。これは、ネット上における人権意識を広める意味も持っています。

 これからも、情報弱者の問題やメディアリテラシーの醸成などに取り組んでいかなければいけないと思っています。それから、人権侵害を受けた人の救済を視野に入れ、インターネットを使った「人権相談」などにも取り組んでいきたいですね。

 どうすればインターネットを通して“お互いが支えあえる社会”にできるのか、みんなで考え、行動していきたいと思っています。