歴史文献で訪ねる奈良
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大和名所図会で見る
興福寺は、和銅3年(710年)の平城遷都に伴い、藤原不比等が現在の地に開いた藤原氏の氏寺です。平安時代には多くの僧兵を擁し、大和国を領するほどの権勢を誇りました。図会に描かれている主な伽藍を紹介すると、「五重塔」(国宝)は興福寺を象徴する建物であり、応永33年(1426年)頃に再建されたものが現存しています。「東金堂」(国宝)は聖武天皇が叔母(元正太上天皇)の病気回復を祈願して建立したものであり、応永22年(1415年)再建のものが現存しています。「南円堂」(重要文化財)は西国三十三所観音霊場の札所(9番)であり、現存する建物は寛政元年(1789年)頃に再建されたものです。なお、南円堂の上に見える礎石は中金堂のもので、享保2年(1717年)に建物は焼失しましたが、平成30年(2018年)に約300年ぶりに再建されました。
図会にも描かれている猿沢池は、興福寺が放生会(ほうじょうえ。捕らえた生き物を池や野に放す行事)の為に造った池です。この池から眺める五重塔は、水面に映し出された塔と周囲の柳もあいまって、例えようもなく美しいものとなっています。奈良見物では、ぜひカメラに収めたいポイントです。