薬草「ヤマトトウキ」

 薬草とは、薬用に供する植物の総称で、「草」だけではなく「樹木」も含むため、学術的にはより厳密な表現として「薬用作物」と呼ばれています。この薬用作物や動物・鉱物を原料にして、天然由来の薬「生薬」が作られます。さらにこの生薬を伝統的な処方に従って混合して作られるのが「漢方薬」です。漢方薬は「中国の薬」と思われがちですが、五~六世紀頃に伝わった中国の古代医学が日本独自の発展を遂げ、「漢方」医学体系として完成され、治療に使用される薬のことをいいます。近年、健康志向の高まりを受け、漢方薬が注目されていますが、原料である生薬の国内生産は減少しています。そのため、生薬は主に中国からの輸入に依存していますが、中国国内需要の高まりや乱獲、輸出規制等から安定供給が懸念されています。かつて奈良県は、「大和物」と呼ばれる品質の良い薬用作物のブランド産地で、その代表がヤマトトウキでした。ヤマトトウキはセリ科の多年草で、セロリに似た芳香があります。根が生薬「当帰(とうき)」として、滋養強壮、鎮痛、補血を目的に、現在も婦人病薬などに多用されており、重要な生薬として、製薬メーカーなどからは国産品が期待されています。しかし現在では、生産量が最も多かった昭和五十七、八年頃の三十分の一ほどのニトン以下に減少しています。そこで農業研究開発センターでは、ここ数年来、産地の復活を目指して、このヤマトトウキを中心に薬用作物の栽培研究を進めてきました。栽培の歴史の古い作物であるがゆえ、新しい栽培方法がほとんど導入されて来なかったのですが、苗の育成期間を従来の一年間から五ヶ月ほどに短縮し、苗作りに必要な面積を従来の十分の一に減らす技術などの開発に成功しました。今後も、多くの農家のみなさんに栽培していただき、生薬の安定供給につながるよう、技術開発を進めていきたいと思います。

とうき

【豆知識】セイヨウトウキは「天使のハーブ」
 同じセリ科の「セイヨウトウキ」は欧州各地に自生し、ラテン語で天使を意味する「アンジェリカ」と呼ばれることから、「天使のハーブ」といわれています。根・茎・葉には精油が含まれ、刺激を活かして食材に用いられています。茎は砂糖漬け(クリスタル・アンゼリカ)としてケーキのデコレーションに、葉は魚や果物の風味付けに、また種子はリキュールの香味付けに、さらに種子を蒸留して採るエッセンシャルオイルは麝香(じゃこう)の香りがするため、香水としても用いられるなど、様々に利用されています。ヤマトトウキも、根については「専ら医薬品」として区分され、薬用以外の利用は法律(医薬品医療機器等法(旧薬事法))で認められていませんが、葉については食用利用可能であるため、香りを活かして、お茶、パン、肉団子などに使われ始めました。みなさんのお目に触れる機会も増えることでしょう。