はじめての万葉集


はじめての万葉集
吾妹子(わぎもこ)が 額(ひたひ)に生(お)ふる 双六(すぐろく)の
牡牛(ことひのうし)の 鞍(くら)の上の瘡(かさ)
安倍子祖父(あべのこおおじ)
巻十六 三八三八番歌
【訳】吾妹子の額に生えた双六の強力(ごうりき)牛の鞍の上の腫(は)れ物よ。
ナンセンスな歌
 今回の歌には「牡牛」(オスの牛)が詠まれています。牛は、古代では農耕や運搬に重用された身近な動物でしたが、意外にも、『万葉集』では牛そのものを詠んだ歌は三首しかありません。今回はその中の変わった一首をご紹介します。
 『万葉集』はまじめな歌ばかりで難しい! と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。ご安心ください。今回の歌は、歌の意味を理解する必要はありません。この歌には「心の著く所無き歌」という題がついています。これは「意味の無い歌」という意味です。この歌は、舎人(とねり)親王(天武天皇の皇子)が従者たちに、「意味の無い歌を作る者がいたら褒美を出そう」といい、安倍子祖父(あべのこおおじ)がすぐにこの歌を献上し、賞品として銭二千文(もん)などを与えられたと伝えられています。当時としてはかなり高額だったようです。子祖父はこの時に「わが背子が犢鼻(たふさき)にする円石(つぶれし)の吉野の山に氷魚(ひを)そさがれる」(三八三九番歌)という歌も詠んでいます。わが夫が褌(ふんどし)にする丸い石の吉野の山に氷魚がぶら下がっている…。今回の歌と同じく、わかるようでわからない、頭の中をかき回されたような気持ちになる歌です。
 人間が言葉で何かを表現しようとする時に、意味を持たせないようにするというのはなかなか難しいものです。それでいて、五七五七七の音数に合わせてきちんと言葉があてはめられているので、歌として成立しているように聞こえてしまいます。この絶妙なあんばいが、舎人親王や周りの従者たちの高評価を獲得したものと想像されます。古代の一風変わった歌大会の一幕だったのかもしれませんね。
(本文 万葉文化館 大谷 歩)
写真
5月号P8本文3段目の巻十一・二三六四番歌の「来ぬ」は「来ね」の誤りでした。お詫びして訂正します。
万葉ちゃんのつぶやき
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