株式会社 井上天極堂(御所市)
「伝統」を守るための「柔軟さ」
「葛(くず)」の継承に懸ける思い
1870年設立の吉野本葛の老舗、井上天極堂。奈良のお土産屋さんでよく見かける名前ではないでしょうか。
社員数132名のこの会社には、実は県内だけでなく鹿児島や北海道といった遠くの県からも「伝統産業に携わりたい」という若者が集まっているのです。全国から若手を呼ぶ井上天極堂の魅力とは、どんなところにあるのでしょうか。
「天」の恵み、葛を「極」めるのが井上天極堂です
まずは井上天極堂の事業について、経営企画係長の川本あづみ(かわもとあづみ)さんにお話を伺いました。
井上天極堂の代表商品は吉野本葛(よしのほんくず)。葛は自由自在に形を変化させることができる不思議な食べ物。配合する水の量によって葛きり、葛餅、料理のとろみづけなどに利用できるそうです。
「寒天やゼラチンと何が違うの?と思いますよね。寒天とゼラチンは、固まるか固まらないかの2通りしかありません。葛は固さを自由に変えることができます。とろみづけに使うと、片栗粉よりもなめらかに仕上がるんです。」
(吉野本葛を使った葛餅)
(葛の根と葛粉)
和食文化・吉野本葛の発信拠点として
井上天極堂は、元々は卸業、いわゆるB to Bの事業から始まりました。葛粉はもちろん、業務用の「葉」や冷凍野菜ペーストなどを取り扱っているそうです。実は「葉」部門はなんと国内シェアNo.1。柿の葉寿司の柿の葉、桜の葉、秋の紅葉と四季の葉を扱っています。
ところで、葛菓子は井上天極堂の代表格となっています。なぜ卸業から小売業に進出したのでしょうか?
「高度経済成長期が終わる頃、国内産・海外産を問わず安価な料理の材料が広まりました。お菓子を作るにしても、わざわざ高い葛粉を使うより安い小麦粉を使えばいいじゃないですか。その影響で、取引先がどんどん無くなっていったんです。」
井上天極堂は「このままでは和食文化が消えてしまう」と」危機感を持ちましたが、卸業だけではどうしようもないと考え、自ら小売まで行うことに。奈良市内に本店を置き、葛を使った料理の発信を始めました。今では県内各地や駅構内に店舗を置いて、吉野本葛の発信拠点としています。
(奈良本店の外観)
(奈良本店の店内)
「葛をもっと知ってほしい」という思いから生まれた企画、「葛ソムリエ」
県内各地の店舗から吉野本葛を発信している井上天極堂。葛を周知するための取り組みについてお伺いしました。
「井上天極堂では、思いつきの企画が『それ、いいね!』と通ったりもします。」と川本さん。経営企画室の仕事は、店頭を飾るキャッチコピーの作成や葛の紹介冊子の発行など実に様々。川本さんが言う「思いつきの企画」ですが、実は、思いつきの数とその企画力の高さに社長からスーパーウーマンと呼ばれたこともあるそうです。
さまざまな企画のお話を伺いましたが、中でも印象的なのが「葛ソムリエ」の企画。社長が「葛をもっと多くの人に知ってもらいたい」と頭を悩ませていたころ、世間では「ソムリエ」が流行し、ワインソムリエ・野菜ソムリエなどの資格の人気が急上昇していました。そこで川本さんの提案により、井上天極堂でも葛ソムリエの資格を作ることになりました。
「ソムリエの試験を知るために、まず私が別のソムリエの試験を受けました。その資格はとても簡単で、少しの勉強で誰でもソムリエになれるものでした。そこで『せっかく葛ソムリエの制度を作るなら、本当のソムリエになってもらおう』と思ってハイレベルな試験を作ってみたところ、合格率はたったの20%。それからは『みんな落ちるソムリエ試験』と宣伝しています。」
そんな厳しい試験を合格したソムリエさんたちと井上天極堂の関係は密。会社の近くで地震が起こると、「この前の地震大丈夫やった?」とソムリエさんから連絡がきたりするとか。また、あるソムリエさんの要望がきっかけで、毎年井上天極堂主催のソムリエ同士の交流イベントを実施しているそうです。
「ちょっとした思いつきの企画なのにどうしよう、と初めは思っていました。でもどうせやるならと、試験や規約の作成をはじめ、バッジを作ったり、表彰状の授与式を挙行したりと工夫を凝らしました。今では葛ソムリエの皆さんは、県内の学校で葛の出前授業を開いたり、料理教室を開いたりと様々な活動をされています。これからも『葛の伝道師』として葛を広めていただきたいです。」
女性社員の見本になりたい 女性ロールモデル川本あづみ(かわもとあづみ)さん
引き続き、川本さんに働く女性としてのお話を伺いました。
- なぜ井上天極堂に入社されたんですか?
「中学生の時、高校へ進学せずパン屋さんになりたかったんです。親に反対されて進学しましたが、今度は高校を出るとき、母から『栄養満点のクロワッサンをつくってみたら?』と言われ、食物栄養科のある学校へ進学し管理栄養士の資格を取得しました。
就活の時、やっぱり神戸のパン屋さんの面接を受け、他にも井上天極堂と和歌山の梅干しの会社の3社の面接を受け内定をいただきましたが、吉野本葛を口にしたときに『梅干しとパンはどこにでもあるけど葛はここにしかない!』と心を打たれ、井上天極堂に入社しました。」
井上天極堂の育休ソムリエ?!
- 川本さんはなんと4人のお子様のお母さんとのことですが、それぞれ産後はどうされたのですか?
「実は、井上天極堂で初めて育児休暇を利用したのは私なんです。私が出産する前まで子どもができた女性はみんな離職していったそうなのですが、私は仕事が大好きなので育児休暇を取らせてもらいました。初めての時は会社も私も手続きに戸惑ったりもしましたが、今はもう慣れたものです。私の後は、出産した女性社員の育休取得率は100%です。」
- それにしても、4回もとなると、本当のところ会社の反応はどうだったんでしょうか?
「他の会社だと1人目の出産は祝福されても2人目となると周りから嫌な顔をされたりすることもあるそうですが、私の場合は社長の奥さんから『5人目は産まないの~?』と言われるほど出産することを歓迎してもらえました。1人目の時は、夫よりも先に社長が病院に駆けつけてくれたんですよ。子どもの誕生を会社全体で喜んで、育休を認めてくれる雰囲気がある職場だと思います。」
まずは私が、働く女性のロールモデルに!
- 川本さんは、井上天極堂初の女性管理職と伺いました。
「はい。初めに頼まれたときは引き受けるのを断りました。管理職についてしまうと、若手社員の残業が終わるまで付き添ってあげなければいけない。そうなると子どものお迎えの時間に間に合わないので自分には出来ないと考えたんです。社長から『残業しない管理職の見本になってくれ』と再度頼まれましたが、悩んだ末に断りました。」
- でも、結局管理職に?
「2回断ったものの、やはり今後仕事の意欲のある女性が入ってきたときに、管理職に子どもを4人生んでも働き続けている女性モデルがいたほうが安心してもらえる。自分が見本になろうと考えなおしたんです。そこで今度は私から社長に頼みに行くと、2回断ったにもかかわらず快諾してもらえました。今は無事、残業しない管理職の見本になっています。」
- あえてお伺いしますが、誰かに『井上天極堂に入りたい』と言われたら、勧められますか?
「はい。井上天極堂は社員みなが働きやすい企業です。もちろん自分の子どもにも、自信をもって勧められます!」
編集後記
-大学生プロジェクトメンバーより-
今まで中小企業を知る機会が無く食品会社と聞くと大企業しか思い浮かびませんでしたが、今回の訪問で大企業に勝る中小企業の強みを知ることができました。また、お話を伺って、社長の柔軟性に驚きました。川本さんの企画力が素晴らしいのはもちろんだと思いますが、どんどん新しいことを受け入れてくれる柔軟性がとても魅力的でした。
そもそも食品系の大企業に入るのはハードルが高く、院卒でなければ採用されないといったケースもあります。もし入社できたとしても初めはお手伝いなどの役割しか与えられないかもしれません。
それに対し、井上天極堂では入社するとすぐに会社の即戦力になれます。経営企画室では20代の女性が1人で葛の紹介冊子を作り上げたりするなどクリエイティブな仕事を任されています。自分の考えたことが形になるのは非常にやりがいがあり、働きがいがあると思いました。
やりがいのある仕事をしたいそこのあなた!!理系、文系問わず興味のある方はEXPOにお話を聞きに来てみてください。きっと井上天極堂のあたたかさ、そして柔軟さ感じることができるはずです。
株式会社井上天極堂
所在地 御所市戸毛107
従業員数 正規社員55人(女性22人)、非正規職員76人(女性72人) (平成29年10月時点)
事業内容 吉野本葛とその関連商品の製造、卸、小売り。食品材料(でんぷん。天然漬葉、冷凍野菜ペースト、山の芋)の製造、卸
HP https://www.kudzu.co.jp/
取材担当 奈良女子大学1年生
山崎郁奈、杉本京香
記事作成:平成30年9月28日