はじめての万葉集

県民だより奈良
2020年11月号

はじめての万葉集
【vol.79】
妹(いも)が家も 継(つ)ぎて見ましを
大和(やまと)なる 大島の嶺(ね)に 家もあらましを
天智天皇 巻二 (九一番歌)
お前の家も見つづけていたいのに。大和の大島の山に家もあればよいものを。
妹が家も継ぎて見ましを
 この一首は、天智天皇が鏡王女(かがみのおおきみ)に賜った歌だと記されています。
 「妹(いも)」とは、妻や恋人など親しい女性に対することばでした。対になることばは「兄(せ)」であり、いずれも現代語の兄(あに)や妹(いもうと)とは異なります。
 「大和なる大島の嶺」とは、明石の海上から「大和島(やまとしま)」と詠んだ例(巻三・二五五番歌)があることなどから、大阪湾側から大和国(奈良県)を見た際の表現と考えられています。そうだとすれば、天智天皇の時代に都であった近江大津宮ではなく、孝徳天皇の時代、難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)で詠まれた歌であったとみられます。
 当時はまだ「皇太子」だったと『日本書紀』巻第二十五にありますが、孝徳天皇代に「大化の改新」を実質的に推し進めたのは中大兄皇子(後の天智天皇)と考えられることから、歌の作者名も「天智天皇」と記されたのかもしれません。『万葉集』において、作歌時ではなく後の役職名などが記された例は他にもみられます。
 この歌は、愛しい女性の家を見つづけていたいのに自分のいる場所からはそれが叶わない、ということを表現しています。一見すると離れた場所にいる妻や恋人に贈る熱烈な歌のようですが、天智天皇と鏡王女との間に婚姻関係は確認できません。よく似た発想の歌が『古事記』顕宗(けんぞう)天皇の話にもあり、天皇が宮廷の奉仕を終えて退出する女性へ向けて詠んだ挨拶歌であることから、この歌も同様の歌であったと指摘されています。
 鏡王女は鏡王の娘であり、後に藤原鎌足の正室となった、などともいわれますが、いずれも後世の文献に拠るものです。『日本書紀』には、天武天皇十二年に「鏡姫王」が没したこと、前日に天武天皇が病気を見舞ったことだけが記されています。
(本文 万葉文化館 井上さやか)
天智天皇 大和なる大島の嶺
万葉ちゃんのつぶやき
飛鳥宮跡(明日香村)
 乙巳(いっし)の変の舞台となった場所。飛鳥宮跡は、調査で飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)だけでなく、飛鳥岡本宮(おかもとのみや)や飛鳥浄御原宮(きよみはらのみや)など複数の宮が断続的に置かれたことが判明し、伝飛鳥板蓋宮跡から名称が変更されました。
 継続的に発掘調査が行われ、石敷の広場や大井戸跡が出土しています。
石敷の広場や大井戸跡
写真提供:(一社)飛鳥観光協会
明日香村岡
(一社)飛鳥観光協会
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