斑鳩町
聖徳太子ゆかりの中宮寺
斑鳩町は、奈良県の北西部に位置する町で、聖徳太子が飛鳥から斑鳩に移り住んだことから、斑鳩町には法隆寺をはじめ、聖徳太子にゆかりのある寺院や遺跡が数多く残っています。
このうち、中宮寺は、聖徳太子が建立した七カ寺の一つで、聖徳太子の母である穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の宮を寺院に改めたとも伝わる、千四百年の永きにわたり法灯を守り伝えている尼寺です。
現在の中宮寺は、夢殿を中心とした法隆寺東院伽藍の北東に位置しています。この場所には、十七世紀の初め頃に移ったと考えられており、最初に建てられたのが、現在の場所から約四百メートル東方にある中宮寺跡です。
中宮寺が現在の場所に移転した後、創建された場所である中宮寺跡は、農地やため池になるなど、その姿はすっかり変わってしまいました。
昭和三十八(一九六三)年に、農地の中にあった土壇の発掘調査が行われ、土壇の南半分が塔、北半分が金堂の基壇で、四天王寺(大阪市)のように南北に建物が並んだ配置をしていることが分かりました。このうち、塔の調査では、塔の中心を貫く心柱を支えるための礎石(心礎(しんそ))が地下深くに据えてあり、その心礎上面から、金環(イヤリング)や金延板、水晶角柱、ガラス玉などが見つかっています。
中宮寺跡の発掘調査はその後も続けられ、飛鳥時代に創建された貴重な寺院遺跡であることが明らかとなり、国の史跡に指定されました。
斑鳩町では、この中宮寺跡の保存と活用を図るため、発掘調査で明らかとなった塔や金堂の基壇部分を復元し、緑地広場を設けるなど、公園として整備しています。
また、中宮寺跡には、法隆寺五重塔、法起寺三重塔、法輪寺三重塔の、いわゆる「斑鳩三塔」が一度に見渡せる場所があります。公園の一部には、コスモスが植栽され、秋には一段と美しい景色を楽しむことができます。
整備後の塔基壇とコスモス
整備前の中宮寺跡
中宮寺跡の発掘調査
発掘調査中の様子
出土した軒丸瓦
問
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斑鳩町文化財活用センター
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電話
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0745-70-1200
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