はじめての万葉集

県民だより奈良
2022年4月号

はじめての万葉集
【vol.96】
いざ子ども 狂業(たはわざ)なせそ
天地(あめつち)の 固めし国そ 大倭島根は
藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ) 巻二十 (四四八七番歌)
さあ人々よ。たわけた事をしてはいけない。
天地が力を与えて固めた国だ。この大和の国は。
仲麻呂の権勢

 この歌は、天平宝字元(七五七)年十一月十八日、内裏(だいり)で行われた宴で藤原仲麻呂が奏上した歌です。仲麻呂は南家の祖・武智麻呂の第二子で、この時「紫微内相(しびないしょう)」として内外の兵事を掌っていました。
 遡ること八年、七四九年に孝謙天皇が即位して光明皇后が皇太后になると、皇后の雑事を取り仕切っていた「皇后宮職(こうごうぐうしき)」が拡張して「紫微中台(しびちゅうだい)」という組織になりました。その長官である「紫微内相」に仲麻呂が就くと、左大臣だった橘諸兄(たちばなのもろえ)を凌ぐ力を持つようになりました。
 諸兄の没後、天平宝字元(七五七)年六月に諸兄の子・奈良麻呂が仲麻呂の「田村宮」を囲もうとしますが、密告があり、未然に鎮圧されました(橘奈良麻呂の変)。仲麻呂は舎人皇子の第七皇子・大炊王(おおいおう)を私邸に住まわせ、皇太子として擁立したため、仲麻呂の田村第(たむらのてい)は「田村宮」とも呼ばれます。
 さて、今回の歌には「狂業」という、穏やかではない言葉が入っています。「なせそ」の「な~そ」は禁止の用法なので、「たわけた事をするな」という意味になります。具体的には先の橘奈良麻呂の変を念頭に置いています。
 『続日本紀(しょくにほんぎ)』同年七月二日条の宣命第十六詔には、「狂(たぶ)れ迷へる頑なる奴の心」「人の見咎むべき事わざなせそ」とあり、狂い迷う奈良麻呂らの心を悟して正そう、人が咎めるようなことをするな、という孝謙天皇のお言葉があります。今回の歌の表現はこの詔と類似します。また翌日、仲麻呂が光明皇太后の詔を伝えて宣(の)る、という文もあり、今回の歌も、まるで仲麻呂が天皇・皇太后であるかのような歌い方です。
 この歌の前には「天地を 照らす日月の 極(きはみ)なく あるべきものを 何をか思はむ」(四四八六番歌)という皇太子・大炊王(のちの淳仁天皇)の歌があります。両者の歌から力強さの一方、動乱の時代を生きる不安な気持ちもうかがえます。
(本文 万葉文化館 阪口由佳)

仲麻呂の権勢
万葉ちゃんのつぶやき
榮山寺(五條市)
 榮山寺は、養老3(719)年に藤原武智麻呂が菩提寺として創建したと伝えられています。本堂には薬師如来坐像(重要文化財)が祀(まつ)られており、本堂右手には八角円堂(国宝)があります。
 この八角円堂は武智麻呂の菩提を弔うために子の仲麻呂が建立したと伝わる八角形の建物です。その内陣は毎年春と秋の2回特別拝観として公開され、柱や天井には、極彩色の装飾画がいまも残り、建物とは別に「装飾画」として重要文化財に指定されています。
榮山寺
画像提供:榮山寺
榮山寺
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