はじめての万葉集

県民だより奈良
2022年6月号

はじめての万葉集
【vol.98】
高市皇子(たけちのみこ)の挽歌

 この歌は、天武天皇の長子の高市皇子が持統天皇十(六九六)年に亡くなった時の挽歌で、『万葉集』中で最長の長歌として知られています。前半は、父の意を受けて壬申(じんしん)の乱を最前線で戦い、軍衆を率いて勝利に導いた高市皇子の勇壮な姿が、長歌の名手である柿本人麻呂によって見事に描写され、「歌による壬申紀(じんしんき)」とでも言うべき雄大な叙事詩となっています。後半では、主人を失った高市皇子宮に仕える人々の悲しみや葬送のさまが描かれます。歌中の「埴安の御門」、「香具山の宮」、「百済の原」、「城上の宮」といった地名は、高市皇子宮の比定地を探す手がかりとしても重視されています。
(本文 万葉文化館 竹内 亮)

かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに畏(かしこ)き 明日香の 真神(まがみ)が原に ひさかたの 天(あま)つ御門(みかど)を 畏くも定めたまひて 神(かむ)さぶと 磐隠(いはがく)りますやすみしし わご大君の きこしめす背面(そとも)の国の 真木(まき)立つ 不破(ふは)山越えて高吾妻麗剣(こまつるぎ) 和蹔(わざみ)が原の 行宮(かりみや)に 天降(あも)り座(いま)して 天(あめ)の下 治(をさ)め給(たま)ひ 食(を)す国を定めたまふと 鶏(とり)が鳴く 吾妻(あづま)の国の御軍士(みいくさ)を 召(め)し給ひて ちはやぶる人を和(やは)せと 服従(まつろ)はぬ 国を治めと皇子ながら 任(よさ)し給へば 大御身(おほみみ)に 大刀(たち)取り佩(は)かし 大御手(おほみて)に 弓取り持たし 御軍士を あどもひたまひ 斉(ととの)ふる 鼓(つづみ)の音は 雷(いかづち)の 声(おと)と聞くまで吹き響(な)せる 小角(くだ)の音も 敵(あた)見たる虎か吼(ほ)ゆると 諸人(もろびと)の おびゆるまでに 捧(ささ)げたる 幡(はた)の靡(なびき)は 冬ごもり 春さり来れば 野ごとに 着(つ)きてある火の 風の共(むた) 靡(なび)くがごとく 取り持てる弓弭(ゆはず)の騒(さわき) み雪降る 冬の林に 飃風(つむじ)かも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐(かしこ)く 引き放(はな)つ 矢の繁(しげ)けく 大雪の 乱れて来(きた)れ 服従はず 立ち向ひしも露霜(つゆしも)の 消(け)なば消ぬべく 行く鳥の あらそふ間(はし)に 渡会(わたらひ)の 斎(いつき)の宮ゆ 神風(かむかぜ)にい吹き惑(まど)はし 天雲(あまくも)を 日の目も見せず 常闇(とこやみ)に 覆(おほ)ひ給ひて 定めてし 瑞穂(みずほ)の国を 神ながら 太敷(ふとし)きまして やすみしし わご大君の 天(あめ)の下 申(まを)し給へば 万代(よろづよ)に 然(しか)しもあらむと 木綿花(ゆふはな)の 栄ゆる時に わご大君 皇子の御門を 神宮(かむみや)に 装(よそ)ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲(しろたへ)の 麻衣着(あさごろもき) 埴安(はにやす)の 御門の原に 茜(あかね)さす 日のことごと 鹿(しし)じもの い匍(は)ひ伏(ふ)しつつ ぬばたまの 夕(ゆふへ)になれば 大殿を ふり放(さ)け見つつ 鶉(うづら)なす い匍ひもとほり 侍(さもら)へど 侍ひ得(え)ねば 春鳥(はるどり)の さまよひぬれば 嘆(なげ)きも いまだ過ぎぬに 憶(おも)ひも いまだ尽(つ)きねば 言(こと)さへく 百済(くだら)の原ゆ 神葬(かむはふ)り 葬りいませて 麻裳(あさも)よし 城上(きのへ)の宮を 常宮(とこみや)と 高くしまつりて 神ながら 鎮(しづ)まりましぬ 然れども わご大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山(かぐやま)の宮 万代に 過ぎむと思へや 天(あめ)の如(ごと) ふり放け見つつ 玉襷(たまだすき) かけて偲(しの)はむ 恐くありとも
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) 巻二 (一九九番歌)
訳(大意)
飛鳥の真神原で天下をお治めになった(天武)天皇が、荒々しい従わぬ者を鎮めよと高市皇子に任されたので、皇子は勇ましく軍衆を率い、伊勢の神宮から吹く神風で敵を惑わせて平定なさった。そうして栄えていた折、皇子はお隠れになり、宮人たちはさまよい嘆いた。皇子がおられた香具山の宮はいつまでも荒れることがないだろう。深くお偲びしていこう。
万葉ちゃんのつぶやき
鷺栖(さぎす)神社(橿原市)
 奈良県内には各地に万葉歌碑がありますが、高市皇子挽歌はあまりにも長いためか、全文を収めた歌碑は造られていません。反歌に当たる二〇〇番歌「ひさかたの 天知らしぬる 君故に 日月も知らず 恋ひわたるかも」の歌碑は藤原宮跡の西に位置する鷺栖神社にあり、東方には高市皇子宮があったとされる香具山も遠望できます。
宮滝遺跡
鷺栖神社境内歌碑
橿原市四分町
橿原市観光政策課
電話 0744-21-1115
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