飛鳥・藤原を世界遺産に

県民だより奈良
2023年1月号

飛鳥 藤原を世界遺産に
【vol.4】
飛鳥 藤原
国家鎮護の仏教寺院
飛鳥 藤原を世界遺産に
藤原京に移された大官大寺跡(南東から撮影):大和三山の香具山の南に位置し、現地では金堂や塔の基壇が地上に残されています。
氏寺から国家寺院へ
 有力豪族の氏寺として始まった飛鳥の仏教寺院は、国家政策と仏教との関わりが強まるにつれて、その性格が変化していきます。
 639年に初めて天皇発願の仏教寺院が建立されました。舒明(じょめい)天皇による百済大寺(くだらのおおでら)です。その遺跡は香具山の北東、吉備池廃寺(きびいけはいじ)跡(桜井市吉備)とされます。『日本書紀』によると、金堂と九重塔を備えていたとあります。その後、百済大寺は673年に天武天皇により高市大寺(たけちのおおでら)(橿原市木之本廃寺(きのもとはいじ)跡か)として移転されました。677年には「大官大寺(だいかんだいじ)」と改称され、国家第一の寺として位置付けられました。天武朝は壬申(じんしん)の乱を経て、中央集権体制を整えていく時代にあたります。この時期、蘇我氏の氏寺であった飛鳥寺、天智天皇発願による川原寺も官寺(国家寺院)とされました。
 694年、飛鳥宮から藤原宮・藤原京へ政治の中心が移ります。中央集権国家を象徴する都城の内に国家寺院を配置するため、大官大寺は再び移転します。藤原京の大官大寺は、朱雀大路を挟んで西側に位置する本薬師寺(もとやくしじ)とともに、国家を守護する寺院として位置付けられました。
そびえたつ九重塔
 大官大寺跡には一辺約24mの巨大な塔基壇跡が残されており、高さ80m余りの九重塔の存在が推定されています。九重塔は北魏永寧寺(ほくぎえいねいじ)、百済弥勒寺(くだらみろくじ)、新羅皇龍寺(しらぎこうりゅうじ)など当時の東アジア諸国の国家寺院に採用された象徴的な建物です。藤原宮大極殿と同規模の巨大な金堂と合わせて、国家鎮護を担った第一の寺院の偉容(いよう)を示していました。
そびえたつ九重塔
大官大寺復元模型(南東から):大官大寺は藤原京内随一の高さを誇る九重塔や巨大な金堂を備えた飛鳥・藤原最大の寺院でした。(橿原市藤原京資料室模型より)
大官大寺跡
明日香村
橿原市
 藤原京南東の条坊に移された大官大寺。今は香具山南麓の水田の中に九重塔、金堂の基壇痕跡が僅かに残り往時の伽藍(がらん)の存在を示しています。1974年より始まった発掘調査により、講堂や回廊、中門などの遺構と伽藍の規模が明らかになりました。
 大官大寺は711年、大火災により金堂、講堂、塔、中門、回廊など主要伽藍が焼失しました。この時点で完成していたのは金堂と講堂のみで、塔、中門は建設中であったようです。
 大官大寺は平城遷都とともに三度目の移転が行われ、平城京大安寺として現在も法灯を継いでいます。聖武天皇により東大寺が建立されるまで、国家の筆頭寺院の地位を占めていました。
大官大寺跡 九重塔基壇
大官大寺跡 九重塔基壇(北西から)
明日香村小山・橿原市南浦町
アクセス 近鉄橿原神宮前駅から石舞台方面行きバス「明日香小山」下車 東へ450m
近鉄大和八木駅から橿原市昆虫館行きバス「南浦町」下車 南へ350m
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