
2025年9月号
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vol.54
文化財の修復に選ばれている伝統の宇陀紙(うだがみ)
福西和紙本舗
八代目
福西 正行(ふくにしまさゆき)さん
※右から2人目は、九代目 福西 安理沙さん
守り続ける手漉きの製法
吉野地方の国栖(くず)地区に紙漉きを伝えたのは、約1300年前に壬申の乱で逃れてきた大海人皇子(おおあまのおうじ)だといわれています。江戸時代には宇陀の商人が売り捌(さば)き、「宇陀紙」と呼ばれるようになりました。
初代が創業したのは江戸時代中期。昔は200軒あった紙漉き屋も、今では5軒だけです。多くの工房が割り箸づくりに転業する中、6代目の祖父は伝統的な製法を守り抜きました。私も原料である楮(こうぞ)の栽培から手掛け、一枚一枚を天日で乾燥させる昔ながらの製法を続けています。表具裏打ち用和紙として愛用されてきた宇陀紙は、現代でも国宝や重要文化財の修復に使われています。
吉野の自然が育む最高級の和紙
宇陀紙の特徴は、地元特産の白土(はくど)を混ぜて漉くことです。また、吉野の澄んだ水は楮の皮をさらすのに適し、ねりと呼ばれる粘剤の働きを高めます。工房が南向きの斜面に建っているのも、なるべく長く太陽の光に当てるため。吉野の風土があってこその宇陀紙なのです。こうしてできた和紙はしなやかでありながら丈夫で、独特の風合いを備えています。ボストン美術館や大英博物館などでも修復に使われており、芸術家や照明デザイナーによる作品にも活用されるなど、用途も広がっています。
一方で、一般の人が手漉き和紙を使う機会は少なくなりました。そこで、このような伝統産業があることを知ってもらうため、先代が手漉き和紙体験を始め、その意思を引き継いだ私は国内外での講演やワークショップ、県内の小学校での体験学習なども行っています。地元吉野町の小学校では、児童自ら卒業証書を漉く取り組みが40年以上も続いています。
「一点の曇りもない紙を漉き続ける」というのが先代の教えです。伝統を守ってきたおかげで、世界にも堂々とうちの和紙を出すことができます。今後も本物の和紙を提供していきます。
九代目に継承する製法と思い
宇陀紙は原料をはじめ、道具もすべて国産品です。しかし少子高齢化でその作り手がいなくなり、入手に苦労することがあります。作り手探しや生産支援のために各地を回ることも多くなり、原料や道具が安定供給される環境を整えて、九代目の娘につなぎたいと思っています。九代目は学芸員の資格も持ち、宇陀紙のさらなる活用法を見つけてくれると期待を寄せています。
昔ながらの手法を今も続けているからこそ、うちの和紙が評価されています。これからも製法と技術を受け継いでいきたいです。
福西和紙本舗
江戸時代中期より伝統的な製法を守り続ける宇陀紙の工房。美しい手漉き和紙は世界で評価されている。