本歌は、寄物陳思(きぶつちんし)という部立(ぶたて)に入れられている一首です。寄物陳思とは、自然の景色や物に自分の気持ちを重ねて表現する方法です。 「柿本朝臣人麻呂之歌集」は『万葉集』を代表する歌人・柿本人麻呂の歌を中心にまとめられている歌集ですが、現存していないためその実態はよくわかりません。『万葉集』編纂の資料として用いられ、巻によっては巻頭に本歌集の歌がまとめて置かれていることから、古い時代の歌々として位置づけられているようです。なお、平安時代に成立した『人麿集』という書物もありますが、それとは全く別のものである点は注意が必要です。 本歌はその表記が特徴的です。『万葉集』の歌が漢字ばかりで書かれていることはよく知られていますが、本歌の原文は「春楊 葛山 発雲 立座 妹念」と、わずか十文字の漢字で表記されているのです。このように助詞や助動詞にあたる字をほとんど表記しない歌を「略体歌」と呼びます。反対に、そういった字を表記する歌を「非略体歌」と呼びます。 さて、本歌の第一句「春楊」は、「葛城山」の枕詞となっています。柳を「かづら」(髪飾り)にするところから、第二句の「葛城山」につながります。 葛城山は現在の奈良県と大阪府の県境に連なる山々の総称で、金剛山を主峰とします。『万葉集』に度々詠まれ、前回(1月号)紹介した二上山も葛城山に含まれます。歌はそうした葛城山に立つ雲を話題にしています。この第三句までは第四句「立ちても坐ても」を引き出す序詞(じょことば)となっています。山に雲が「立つ」ことと人が「立つ」ことをかけているのです。 「立ちても坐ても○○をしそ思ふ」の形は本歌の他にも何例か見え、定型的な詠み方でした。○○には思う相手が入ります。本歌の場合は「妹」=妻のことを思っているとうたわれます。妻のことを思うと居ても立ってもいられないというのです。つまり、本歌は妻への恋の気持ちがつのり、落ち着いていられないそわそわとした心情を述べていると考えられます。 ところで、『万葉集』の他の歌を見ると、当時の人々は集まって柳を蘰にして遊んでいたことが知られます。この歌は、葛城山で柳を髪飾りにして一緒に遊んだ女性のことを思い出し、居ても立ってもいられなくなって詠んだのかもしれません。 (本文 万葉文化館 榎戸 渉吾)
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