はじめての古事記

 

 仲哀(ちゅうあい)天皇記には、仲哀天皇の活躍はほとんど記されていません。早々に崩御(ほうぎょ)した天皇の代わりに話の中心となるのは、皇后の息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと)(神功(じんぐう)皇后)です。
 皇后は、神のお告げを聞き、神々の力を借りつつ、朝鮮半島の新羅(しらぎ)に遠征し、天皇に奉仕するという約束を新羅国王から取り付け、筑紫に戻ってきます。その時に、品陀和気命(ほむだわけのみこと)(後の応神(おうじん)天皇)が生まれました。品陀和気命(ほむだわけのみこと)は、お腹にいる時から、天皇になるとのお告げを受けていました。しかし、そのことが大きな火種となりました。
 神のお告げとはいえ、神功皇后のもとで勝手に決められたわけですから、腹違いの皇子の香坂王(かぐさかのみこ)と忍熊王は黙っていません。
 香坂王は戦う前に亡くなりましたが忍熊王は、ヤマトに帰還する皇后が、船から上陸する時をねらって軍を興(おこ)しました。ところが、本船を空船(からぶね)にした皇后の作戦にまんまと引っかかり、むざむざ皇后軍本体の上陸をゆるしてしまいます。
 後退しながらも善戦する忍熊王軍は、途中山代(やましろ)でだまし討ちにあっても立て直し、逢坂(あふさか)(京都滋賀府県境)まで後退しつつもくらいつき、最後は沙々那美(ささなみ)(琵琶湖西岸か)まで戦いは及びました。
 しかし、沙々那美において敗れたことで、忍熊王と将軍伊佐比宿禰(いさひのすくね)は、相手の将軍に斬られる前に、淡海(あふみ)の海(琵琶湖)に身を投げ、戦いの幕を閉じます。
 戦力の差はわかりませんが、拮抗(きっこう)する戦況から、忍熊王側につく人たちが多かったことが窺い知れます。
(本文 万葉文化館 竹本 晃)



編集部の古事記コラム
 古事記ではあまり登場しない仲哀天皇ですが、島根県に伝わる石見神楽の演目の一つ”塵輪(じんりん)“の中では少し違うエピソードが伝わっています。
 それによると、仲哀天皇の時代、新羅の国より数万人の軍勢が攻めてきて、その中で特に塵輪という、身に翼があって黒雲に乗った鬼神のようなものが、大暴れして人々に危害を加えたとのこと。これに対して仲哀天皇は自ら弓矢を取って塵輪を射落とし、新羅軍を退けたと語られています。
 この他にもさまざまな演目がある石見神楽。古事記と比較しながら見てみるのもおもしろいかもしれませんね。

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