奈良のむかしばなし

 




 奈良盆地の西、北葛城郡上牧(かんまき)町の五軒屋。その昔、このあたりは牧野(ばくや)とよばれていた。
 上牧町の東、広陵町と河合町などにまたがって広がる馬見(うまみ)丘陵は、古代、朝廷の放牧地で、上牧の地名もそれに由来するとか。五軒屋を抜ける今の舗装道路も昔は「馬街道」とよばれていた。
 そのかつての馬街道に立つと、五軒屋は、周囲を小高い緑の丘陵に囲まれ、その中に広々とした田圃(たんぼ)がどこまでも続く。実にのどかな昔懐かしい里山の風景である。
 馬見丘陵の北東の磯城郡三宅町。地名は古代の「屯倉」(みやけ)に由来し、大和朝廷が支配していた穀倉地帯であった。つまり五軒屋も含め、このあたり一帯は古くから豊かな稲田が一面に広がっていたのであろう。水田に必要な溜池も多く点在している。
 今回はそんな稲作地帯でのお話。
      *
 昔、ある年の夏、旱(ひでり)の日が何日も続き、五軒屋の村人も、「こんなに長く雨が降らんと、米がとれん。困ったなあ」と話し合っていた。
 「そうや、雨乞い地蔵さんにお願いしたらどうや」。「ああ、それがよい」ということになり、村のお地蔵さんに助けを求めた。
 村人は、重い石地蔵さんを荒縄で縛り、皆で担いで溜池の神田池(じんでんいけ)まで運んだ。
 「お地蔵さん、どうか雨を三日のうちに降らせてください。降りましたら、お地蔵さん、池から出ていただきますから」と言い、地蔵さんを池につけた。
 すると、なんと有難いことに、三日のうちに恵みの雨が降った。村人は大いに喜んだという。
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 この雨乞いの行事は、その後も何度か行われたらしい。だが、困ったことに、地蔵さんを引き上げる時は、せっかく溜めた大切な池の水を放流しなければならない。そのためかどうか、いつからか行われなくなった。
 ただ、大正十三年八月の大旱魃(だいかんばつ)の時には行われた。その時も「霊験あらたか。おかげで、雨を降らせてもらった」と、この時のことは今も古老によって語り継がれている。
 その雨乞い地蔵さんは、五軒屋の村人の手で今も大切に祀(まつ)られている。

雨乞い地蔵
 五軒屋集落の西入口、滝川遊歩道横に祀られている雨乞い地蔵。扉を開けると、地蔵さんの胸に白いよだれかけが。昨年誕生した男の子の名前が書かれていた。綺麗に掃除され、供花も。その前の坂道を上ると、重厚な門構え、白壁の倉、古風な瓦屋根の屋敷が並ぶ。米で栄えた時代の名残という。


地蔵盆
 毎年7月23日には、五軒屋自治会の地蔵講が開かれる。地蔵堂の前には、その地域で採れた野菜や果物のほか、お餅やお菓子が供えられる。僧侶の読経があり、地域の人々がお参りに訪れる。
(写真提供:五軒屋自治会)

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