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大和万歳資料 やまとまんざいしりょう

記入年月日 2017/09/15

大和万歳資料(採物)
大和万歳資料(写真)
大和万歳資料(達状)
所在地
大和郡山市矢田町545番地
区分
民俗 | 有形民俗文化財
指定内容
県指定有形民俗文化財

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
本資料は、昭和56年(1981年)4月、最後の伝承者の御子息(故人)より民俗博物館に寄贈を受けたもので、戦前まで実際に大和万歳を演じる際に使用されていたものです。『大和名所図会』など江戸時代に描かれた大和万歳の装束は、烏帽子、橘の紋の入った素襖が描かれることが多く、本資料も衿に若干手を加えて形態を少し変えていますが、ほぼ合致しています。また、京都御所へ正月に参勤していたという伝承を裏付ける幕末期の達状が残されています。明治2年、明治24年の紀年のある写真は、当時の姿を知る貴重な記録で、京都で撮影されたことがうかがえます。(総点数 48点) 【内訳】衣装:烏帽子、衣装上下、下着、帯 19点     採物:鼓胴、鼓皮、調緒、扇    21点      文書:達状             4点 写真:               4点 【時代】江戸末期~大正期  
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
万歳とは、平安時代には存在したといわれる千秋万歳の末流と考えられている祝福芸、門付芸の一種で、大和における万歳の記録は中世以降多く現れるようになります。生駒郡安堵町、磯城郡広陵町の村々を根拠地とし、冬の農閑期に大正年間までは京都御所をはじめ、奈良、京都等の畿内各所を巡りました。 正月には太夫役と才蔵役の2名が一組となり、烏帽子、素襖の装束で家々の門口や座敷で祝言を述べ、舞を演じました。太夫は扇を持って祝言を唱え、才藏が小鼓を打ちながら合の手を入れます。正式に演じるときは「柱立」を初番として「田植舞」「南蛮胡椒」「戎舞」「月舞」と次々演じていきます。 本資料は、昭和56年(1981年)4月、最後の伝承者の御子息(故人)より寄贈を受けたもので、戦前まで実際に使用されていたものです。『大和名所図会』など江戸時代に描かれた大和万歳の装束は、烏帽子、橘の紋の入った素襖が描かれることが多く、本資料はこれと合致しています。また、京都御所へ正月に参勤するための達状が残され、伝承を裏付けるものです。現在途絶えた大和万歳の活動を具体的に伝えるものとして、日本の芸能史上においても貴重な一括資料です。    
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
当資源と関連する文献史料
『大和萬歳資料集(秋篠文化特別号)』秋篠音楽堂運営協議会 2012年 『秋篠文化』第3号 秋篠音楽堂運営協議会 2005年 『大衆芸能資料集成』第1巻 祝福芸1 萬歳 三一書房 1980年
問い合わせ先
奈良県立民俗博物館
電話番号
0743-53-3171

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