はじめての万葉集

県民だより奈良
2025年11月号

はじめての万葉集
【vol.138】
あさもよし 紀人羨(きひととも)しも
亦打山(まつちやま) 行き来(く)と見らむ 紀人羨(きひととも)しも
調首淡海(つきのおびとあふみ)(巻一・五五番歌)
麻の裳(も)もよい紀の国の人は羨ましいことだ。真土山を行き帰りに見ているのだろう。紀の国の人の羨ましいことよ。
 行幸先の真土山 

 本歌は、前の歌(五四番歌)の題詞によれば、既に文武(もんむ)天皇に天皇の位を譲っていた持統(じとう)太上天皇が大宝元(七〇一)年九月に紀伊国(現在の和歌山県)に行幸(ぎょうこう)した際に、詠まれたものです。題詞とは、歌の前に置かれ、歌の主題や歌が詠まれた事情や年月、歌を詠んだ人の情報などを記した漢文です。歌を詠んだ調首淡海は、天武元(六七二)年、壬申の乱に舎人(とねり)として天武天皇方につき、その功績から和銅二(七〇九)年に昇叙を受けた人物です。
 本歌を一読してまず気づくのは、第二句と第五句(結句)とに同じ語が用いられていることでしょう。同様の例として、『万葉集』には「桜田へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟潮干(あゆちかたしほひ)にけらし鶴鳴き渡る」(二七一番歌)などがあります。『古事記』や『日本書紀』にも同じ形式のものが見られることから、短歌の古い形式であろうと言われています。この時五十歳前後だったと思われる淡海にとって、なじみのある形式だったのでしょうか。
 歌は、真土山をいつも見ることのできる紀伊国の人が羨(うらや)ましいという気持ちを表明したものです。「あさもよし」は「紀人」にかかる枕詞で、紀伊国は麻の裳(古代の女性がまとったスカート状の着物)の特産地として著名であったことからかかります。そのため、ここでは「麻の裳もよい紀の国の人」と訳しています。歌はそうした紀伊国の人に対して「羨し」、つまり「羨ましい」と述べているのですが、なぜ羨ましいのでしょうか。それが明かされるのが、第三・四句「亦打山行き来と見らむ」です。
 「亦打山(真土山)」は大和国(現在の奈良県)と紀伊国の国境、吉野川(紀ノ川)北岸にある低山です。紀伊国の人はその真土山を行ったり来たりして見るのだろう、と現在推量の助動詞「らむ」を用いて想像しています。つまり、「紀伊国の人は真土山をいつも眺めることができるのだろうなあ」と述べているのであり、歌はそのことについて羨ましさを表明しているのです。
 真土山は大和から紀伊へ入る際に必ず通過する国境の山として、都の人にもよく知られた景勝地でした。行幸先の土地は言うまでもなく天皇の支配下にあります。したがって、その土地の人を詠み込み、現地の名所を讃(ほ)めることは、その土地の支配者である天皇を讃美することに繋がります。本歌は、紀伊国の名所である真土山を讃めながら、そこを支配している天皇をも讃美した歌と言えるでしょう。
(本文 万葉文化館 榎戸 渉吾)

万葉文化館 イベント情報
 
◆特別展「NEW PAST
 飛鳥・藤原から東アジアへの旅」
開催中~1月18日(日)
写真家・石川直樹さんが『万葉集』ゆかりの地を撮影した写真作品を展示します。「東アジア」とのつながりの中で揺れ動いていた「飛鳥・藤原」が浮かび上がる展覧会です。
      
                                    慶州                                           しまなみ海道
 
 
※国内の小・中学生、高校生、18歳未満の人は無料。その他割引など、詳しくは当館HPをご覧ください。
●石川直樹トークイベント
1月10日(土)14時~16時(開場13時30分)
[1部]石川直樹トークショー
[2部]トークセッション
[登壇者]石川直樹さん(写真家)
 山田隆文(県世界遺産室調整員)
 井上さやか(当館企画・研究係長)
[会場]企画展示室
[定員]150人(先着)
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●学芸員によるギャラリートーク
11月19日(水)15時40分~
[講師]当館学芸員
[会場]日本画展示室
◆万葉集をよむ
無料
11月19日(水)14時~15時30分
「秋の相聞(そうもん)(1)」
 (巻8・1606~1623番歌)
[講師]中本 和(当館主任研究員)
[定員]150人(先着・申込不要)
 ※オンライン視聴は要申込(定員なし)
◆にぎわいフェスタ万葉 秋
開催中~11月24日(振休)
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