出会う 奈良県歴史文化資源データベース

保寿院 ほじゅいん

記入年月日 2017/03/22

所在地
奈良県橿原市膳夫町101
区分
遺跡 | 社寺跡又は旧境内
指定内容

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
保寿院は、聖徳太子妃膳夫姫(かしわてひめ)がその養母古勢女(こせじょ)の菩提のために建てた膳夫寺(かしわてでら)跡であると伝えられています。
本尊は虚空蔵(こくうぞう)菩薩(立像)で、他に聖徳太子像や弘法大師坐像、不動明王立像などが祀られています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
仏教の興隆に絶大な力を注いだ聖徳太子は、その死後も和国の教主と崇敬され、橿原市に在する人々の精神的支柱でした。聖徳太子像やゆかりの寺院、伝承は聖徳太子の教えに出会える場所として本市にとって貴重な歴史資源です。
当資源と関連する伝承
「膳夫姫(かしわてひめ)の伝説」
聖徳太子が行幸していた時、沿道の人々が太子をひと目見ようと人垣をつくっていました。その中でたった一人無心で芹(せり)を摘んでいる少女がいました。この少女を聖徳太子が不思議に思い、声を掛けたところ、少女は、「母親が病気で看病のために芹を摘んでいて、太子の行幸を見送ることができません。お許しください」と答えました。太子は少女の親孝行の気持ちに感心し、歌を1首贈りました。少女は太子に対して返歌を贈ったのですが、この返歌がすばらしかったので、太子は再び感心し、少女は後に太子の妃になったという伝説があるそうです。
「膳夫」(かしわて)の地名は、古代の天皇の食事を用意した専属料理人膳夫氏の一族が、現在の膳夫町一帯に住んでおり、また、古くは食器の代わりに木の葉を使用していたことから、これらの呼び名がついたと言われています。
問い合わせ先
橿原市 魅力創造部 観光政策課
電話番号
0744-21-1115

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