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酒船石遺跡 さかふねいしいせき

記入年月日 2021/04/16

酒船石遺跡全景
亀形石槽
酒船石
所在地
高市郡明日香村大字岡
区分
遺跡 | その他
指定内容
国指定史跡

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
 飛鳥寺南方の丘陵上には酒船石(岡の酒船石)と呼ばれる石造物があります。その特異な形状から、石造物の用途、目的について様々な説が提唱され、古くは濁酒を清酒にする施設と考えられていたが、最近では水を使う祭祀施設の一部との考えが主流です。
 発掘調査により、この酒船石のある丘陵は、裾部に大きな花崗岩を用いた雛壇状の石垣を3段に巡らし、頂上部近くには天理市石上周辺で産出する砂岩切石を1m以上積み上げた石垣で取り巻いていたことが判りました。さらに丘陵は頂部を削平し、低い部分に版築を行う大規模な造成が行われており、これらの遺構は、『日本書紀』斉明天皇二年(656)条に記されている「宮の東の山に石を累ねて垣とす」とある「石の山丘」に該当すると考えられています。また、丘陵の北裾部、東西南を高い尾根で囲まれた谷底より砂岩湧水施設・船形石槽・亀形石槽で構成される導水施設が発見されました。これらは湧水を船形石槽で濾過し、亀形石槽に溜める構造になっています。この導水施設の周囲には12m 四方の石敷があり、この中央を亀形石槽からの水が流れ、北方へと石組溝で排水しています。さらに東尾根の西斜面では石積の階段があり、一方、西尾根の東斜面には石垣が設置されています。このように、一連の遺構は周囲を尾根で囲まれた閉鎖的な空間の中に設けられた特殊な施設であったことが分かります。特に、亀形石槽の背中の水槽に重要な意味があると想定され、ここは天皇祭祀に係わる空間であると考えられます。酒船石遺跡は律令国家成立前後における天皇祭祀のあり方を窺うことのできる点で注目されます。また、中国で聖獣とされる亀をかたどった石槽の意匠や、高度な石造物の加工・彫刻技術、版築技術は、伝統的な祭祀と中国・朝鮮半島の信仰や技術が融合したことを示しています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
酒船石遺跡は『日本書紀』の記述と考古学の成果との整合性が高いことや、古代からの名称が現在の地名に残されているなど地域と一体となって飛鳥時代を体感することができる歴史文化資源です。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
『日本書紀』斉明天皇二年の条には「宮の東の山に石を累ねて垣とする。」と記されており、酒船石遺跡がその立地や構造等を総合して、この石垣跡である蓋然性が高いと考えられます。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
斉明天皇と中大兄皇子は激動する東アジア情勢の中、飛鳥を倭国の政治・経済の中心地として急ピッチで都の整備を推し進め、石と水からなる都を造り上げていきました。酒船石遺跡で出土した砂岩の切石は天理市の石上山で産出するもので、斉明天皇が運河(狂心の渠)を掘って運んだ石材そのものといえます。
当資源と関連する文献史料
『日本書紀』
当資源と関連する伝承
周辺では狂心の渠の痕跡と考えられる遺構が検出されています。
他地域の関連する歴史文化資源
隣接する飛鳥宮跡や飛鳥池遺跡等との有機的な関連が考えられます。
問い合わせ先
明日香村総合政策課
電話番号
0744-54-2001

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。