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史跡赤土山古墳 あかつちやまこふん

記入年月日 2021/09/22

空から見た赤土山古墳
赤土山古墳の復元遺構
所在地
天理市櫟本町
区分
遺跡 | 古墳
指定内容
国指定史跡

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
 奈良盆地の東部を流れる高瀬川の北岸には東大寺山と呼ばれる丘陵地があり、丘陵上には東大寺山古墳、和爾下神社古墳など赤土山古墳を含めて3基の大型前方後円墳が所在し、これら大型古墳を中心に同丘陵に散在する多数の墳丘や石室を東大寺山古墳群と呼んでいます。3基の大型前方後円墳は4世紀後半から5世紀初頭にかけて築造されたいわゆる前期古墳で、赤土山古墳は4世紀末~5世紀初頭に築かれています。規模は、後円部先端の造り出しを含め現存長103.5m、墳丘に葺石を伴います。墳丘頂上及び墳丘の周りには円筒埴輪、朝顔形埴輪を用いた埴輪列を伴い、蓋形埴輪、縦形埴輪、短甲形埴輪、冠帽形埴輪、鶏形埴輪など形象埴輪も出土しています。造り出しを伴う後円部先端の墳丘裾には、家形埴輪祭祀遺構を伴い11基の家形埴輪と囲形埴輪が見つかっています。埋葬施設は未調査ですが、1961年に発掘が行われた東大寺山古墳では粘土槨を採用した主体部が見つかっており、赤土山古墳も同様に粘土槨を伴う埋葬施設の古墳と思われます。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
 東大寺山古墳群の北方には和爾町が所在し和爾赤坂比古神社が鎮座するなど、この辺りは古代豪族ワニ氏の本拠地が所在した地域と考えられます。赤土山古墳をはじめとする東大寺山古墳群の造営とワニ氏との関係が注目されます。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
 古事記・日本書紀には古代豪族ワニ氏の記載があります。崇神天皇の記載には、大和王権に反旗した建波邇安王(タテハニヤスオウ)の討伐にワニ氏の祖人である日子国夫玖(ヒコクニブク)が活躍し、ワニ坂という場所で行った祭祀、木津川で戦った武勇伝などがうかがえます。
他地域の関連する歴史文化資源
京都府精華町には、日子国夫玖に敗れた建波邇安王の首塚があります。奈良市南紀寺町では、ワニ氏の豪族居館跡と思われる遺構が見つかっています。
問い合わせ先
天理市教育委員会文化財課
電話番号
0743-65-5720

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。