歴史文献で訪ねる奈良
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- 橘寺(明日香村)
大和名所図会で見る
橘寺は、もともと欽明天皇の別宮があった場所で、聖徳太子(厩戸皇子)生誕の地といわれています。図会の文中に「厩戸(の)説」の表記が見られますが、これは、穴穂部間人皇女が厩戸(馬小屋)の前で産気づき、太子を出産したという故事にちなむものです。図会中に「三光石」とありますが、これは太子が勝鬘経(しょうまんぎょう。仏教経典のひとつ)を講じた際に、日・月・星の三光を放ったと伝えられる現象を具現化した石で、現在でも橘寺の境内にあります。伽藍は室町時代にほぼ消失し、現在の本堂(太子堂)と観音堂は1864年に再建されたものです。
観音堂に安置されている如意輪観音像です。6本の手は、六道(地獄界から天界までの6つの世界)に対応しています。平安時代後期の繊細優美な定朝様式を体現しており、重要文化財に指定されています。